【クローディアの秘密】家出するなら美術館?子どもたちの秘密の大脱走【小学校高学年以上】
クローディアは、綿密な計画を立てて家出をしました。相棒は、弟のジェイミー。どこへ家出する?森?公園?いいえ、もっとオシャレなところ。それは……
この本のイメージ ワクワク☆☆☆☆☆ 好奇心☆☆☆☆ 心を育てる☆☆☆☆
クローディアの秘密 E.L.カニズバーグ/作 松永ふみ子/訳 岩波少年文庫
NHKの「みんなのうた」に、「メトロポリタン美術館 」と言う歌がありまして、かわいらしい出だしなんですけど、最後がホラーで終わるという、怖い歌でした。
この歌の元ネタと言われている本です。
児童文学界ではかなり有名な古典で、ファンも多い本です。この本が児童文学界の名作を決める「ニューベリー賞」を取った時、最後まで競ったのが同一作者の別作品だったという、とてつもない伝説があります。つまり、自分と自分が勝負してたわけですね。
わたしの子どもの頃、児童雑誌のグラビアページに必ず取り上げられる特集に「世界の七不思議」のような、「七不思議」系の話がありました。ネッシーとか、宇宙人とか、地底湖とか。徳川埋蔵金とか。どんな学校にも「学校七不思議」があった時代です。
子どもって、そういう、あるのかないのかわからない、はっきりしないものが大好きですよね。この物語は、そんな頃の気持ちを思い出させてくれました。
家出をする女の子
ある日、クローディアは家出を決意しました。
とくに虐待や問題がある家庭ではなく、ただ長女としての不公平感や、子どもである自分の無力感や不確かさなどが原因でした。クローディアはなかなかのしっかり者でしたがお金の問題には強くないので、相棒に弟たちのなかで最もがめつくて悪ガキのジェイミーを選びます。
真面目で計画的だけど金銭感覚がイマイチなクローディアと、ちゃらんぽらんでいい加減だけどお金に関してはガッチリしてるジェイミーはちょうどいい補完関係で、姉弟コンビの珍道中がはじまります。
クローディアとしては、心配しないように親にも手紙を書いたし、ちょっと家出するくらい大丈夫だろうと考えていたようです。小さな子供が二人、行方不明になれば、親がそんなことくらいで安心するわけはないのですが、そこらへんは小さな子供です。
クローディアの家出には、目的がありました。
自分がいなくなることで周囲を変えたいとか抗議したいとか、そういうわけではなく、この小さな冒険を通じて何かを得たい。しかもそれは、目に見えるものではなく心の中のものでした。もちろん、ジェイミーにはそんな気持ちはなく、ただ面白そうだったらついて来たんですけども。
クローディアは、森や公園で野宿するようなことは考えませんでした。彼女は家出先に「メトロポリタン美術館」を選びます。きょうだい二人で美術館に入り、夜はこっそり美術館に残り、アンティークのベッドに寝たりして過ごします。
天使像の謎
その頃、美術館は「もしかしたらミケランジェロ作かも」と言う噂のある、いわくつきの天使像をオークションで安値で落札していました。もし本当にミケランジェロ作なら、落札した金額の10倍以上の値打ちがあるのです。
クローディアはこの像の謎に取り付かれ、自分がその謎を解き明かしたいと思いはじめます。
そこから始まるクローディアの冒険は、最終的に彼女に望んでいた宝物をもたらすのです。
クローディアは、ミケランジェロの謎を自分が解いたら「すごい人」になれるかも。と思い、それを家出の目的にします。合理的で締まり屋のジェイミーはそんなクローディアの気持ちの変化はまったくわかりません。でも、図書館とかに付き合っちゃうのは付き合いのいい弟ですね。
小さな冒険を積み重ねて、クローディアは、この物語の語り手であるフランクワイラー夫人のもとへたどり着きます。
フランクワイラー夫人との駆け引き
フランクワイラー夫人は、すぐにクローディアを自分の同類だと見抜くのです。それは、アン・シャーリーがミス・ラベンダーや ポール・アーウィング を同類だと感じたように。
クローディアの本当の望みは、家出して親が半狂乱になってくれることでも、天使像の秘密を解いて大勢の人にチヤホヤされることでもなく、心の中に自分だけの目に見えない財産を持って家に帰りたいと思っていることでした。
それについて、作中では詳しく語られていません。形の無いもののことなので、それが「どういうもの」なのかは、読んだ人が自分の心に照らし合わせて感じ取れるようになっています。著者はそれを「秘密」と読んでいます。
わたしは、それを「ミステリー」とか「ロマン」と呼ばれているものだと感じました。(どちらも外来語ですけど)
つまり、「ネッシーはいるのかいないのか」「ツチノコはいるのかいないのか」「妖精はいるのかいないのか」みたいなものです。「いる」とか「いない」とかがはっきりしてしまわないところがいい、いるかもしれない、いないかもしれないと思っているその「気持ち」のこと。
夜が白々と明けてゆくときの何かが生まれてくるようなわくわくした気持ちとか、陽が沈んでゆくときの、なんとも言えない寂しい気持ちとか、言葉にならない「なにか」。そんなものに似ています。
手に入れたたからもの
クローディアは五人きょうだいで、弟が四人いると言う設定です。7人家族の長女で、下は弟ばかり四人となれば、家はとんでもなく騒々しく、親はすべての子どもたちに手が回らないはず。長女は家事の手伝いを余儀なくされますし、落ち着いたプライバシーを守るなんてできないでしょう。
学校に行けば行ったで、学校の人間関係もあります。
長女は人あたりはよく、付き合いがいいので学校の友達関係もおろそかにせずにがんばってしまいがち。
そんな状態で、一家の中でただ1人の小さな女の子であるクローディアが、内向的な感性を育てる暇は無かったでしょう。彼女は自分で自分の心を育てなければならない、と言う無意識の逼迫した欲求があったと思います。
フランクワイラー夫人も、「そういう」人でした。
作中に彼女の名言があります。
休暇で出かけても、その間じゅう写真ばかりとっていて、うちに帰ったら、友だちに楽しかった証拠を見せようとする、そんな人たちもいるでしょう。立ちどまって、休暇をしみじみと心の中に感じて、それをおみやげにしようとしないのよ。(引用 p204)
クローディアはそうではない、冒険の旅に出たら目に見えない「なにか」を持って帰りたい子だ。偏屈で変わり者のフランクワイラー夫人は、その「なにか」がわかったのです。
彼女は試しにクローディアに「ロールスロイスで家まで送ってあげる」と言って彼女の心を揺さぶりますが、そんなことでクローディアは「わあ、すごい!」って思いません。(ジェイミーは思いましたが)
そこで、フランクワイラー夫人はクローディアを気に入り、彼女を「同類」として扱おうと決めます。
その後の彼女の名言はこちら。
あんた方は勉強すべきよ、もちろん。日によってはうんと勉強しなくちゃいけないわ。でも、日によってはもう内側に入っているものをたっぷりふくらませて、何にでも触れさせるという日もなくちゃいけないわ。そして、からだの中で感じるのよ。ときにはゆっくり時間をかけて、そうなるのを待ってやらないと、いろんな知識がむやみに積み重なって、からだの中でガタガタさわぎだすでしょうよ。そんな知識では、雑音をだすことはできても、それでほんとうにものを感ずることはできやしないのよ。中身はからっぽなのよ。(引用p225)
著者は科学者だったようです。一つの謎について、多くの学者が勝手な学説を唱え、いつまでも結論が出ない状態についてのリアルな記述もあります。だからこそ、学者は謎に惹かれるのかもしれません。
読み終わったら、ぜひ、「メトロポリタン美術館」のウェブサイトを訪れてみてください。
繊細な方へ(HSPのためのブックガイド)
内向的だけど、哲学と言うより感性よりの方におすすめの児童文学です。感受性の強い方なら、子供から大人まで。かしこい子なら小学校中学年からでも読めそうです。
読んだ後、不思議と晴れ晴れとした気持ちになります。熱いお茶とお気に入りのお菓子と共に、ぜひどうぞ。
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