【とぶ船】少年が手に入れたのは、時空を超える船。児童文学の名作、タイムトラベルファンタジー【小学校高学年以上】

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とぶ船    ヒルダ・ルイス/作 石井桃子/訳 岩波少年文庫

ピーターが薄暗い小さな店で手に入れた、古いおもちゃの小船は、実は魔法の「とぶ船」でした。ピーターたち4きょうだいは、この船に乗り、時空を超えて、エジプト、ウィリアム征服王の時代のイギリス、北欧神話の世界などへ冒険の旅に出ることになりました。

この本のイメージ 冒険☆☆☆☆☆ 魔法☆☆☆ 時空を超える☆☆☆☆☆

とぶ船 上下   ヒルダ・ルイス/作 石井桃子/訳 岩波少年文庫

<ヒルダ・ルイス>
(Hilda Winifred Lewis、1896年 – 1974年2月)は、イギリスロンドン出身の児童文学作家。「とぶ船」は、幼い1人息子ハンフリのために書いた児童小説。

とぶ船   ヒルダ・ルイス/作 石井桃子/訳 岩波少年文庫

 児童文学界、ファンタジーの傑作のご案内です。
 初版は1939年。翻訳は、あの「クマのプーさん」の石井桃子です。もうこれだけで、まちがいないって感じです。

 ピーターが、薄暗い路地の小さな店で、偶然手に入れた船のおもちゃは、実は、魔法の船でした。
 この船は、持ち主が命令すると必要な大きさになって、どこへでも連れて行ってくれるのです。

 ピーター、シーラ、ハンフリ、サンディのグラントきょうだいは、この不思議な船に乗って、距離を越え時代を超え時空を超えて、さまざまな冒険をすることになります。

 エジプトに行ったり、ウィリアム征服王時代のノルマン人の姫マチルダと仲良くなったり、古代エジプトや、ロビン・フッドの時代、北欧神話の世界など……想像もつかない世界へと次々と旅をし、冒険や友情を通じてさまざまなことを学びます。

 やがて4人は成長し、「とぶ船」は本来の持ち主のもとに戻ります。

 と、いうのが、あらすじ。

 四人のきょうだいが、不思議な魔法と知り合って、さまざまな冒険をする話……どこかで聞いたことがありませんか?

「砂の妖精」の系譜

 そう、E.ネズビットの「砂の妖精」です。
 とくに、この「とぶ船」は、砂の妖精三部作の最終話「魔よけ物語」によく似ています。

 ネズビットがイギリスの児童文学に与えた影響は大きいらしく、その後の名作には、男の子ふたり女の子ふたりの4きょうだいが登場することが多いのです。

 リーダーの長男、しっかりものの長女、やんちゃな次男、おませな次女みたいな感じで、きょうだいの順番が違ったりするだけでたいていはこのバリエーションです。

 「砂の妖精」では、シリル、アンシア、ロバート、ジェイン (じつはこの下にヒラリーという赤ちゃんがいます)
 「ナルニア国ものがたり」では、ピーター、スーザン、エドマンド、ルーシィ
 「ランサム・サーガ」では、ジョン、スーザン、ティティ、ロジャ (この下に赤ちゃんがいます)
 「メアリー・ポピンズ」では、ジェイン、マイケル、ジョン、バーバラ
 そして、「とぶ船」では、ピーター、シーラ、ハンフリ、サンディ。

 こんなかんじで、イギリスの名作には4きょうだいが登場するのです。

 とくに「とぶ船」が「魔よけ物語」を彷彿とさせるのは、「お父さんが仕事で忙しく、お母さんは病気で入院している」というところ。これが子供たちが冒険をする原動力になります。

 お父さんは仕事で忙しく、お母さんは入院している、と言うのは子供をファンタジーの世界に連れ出す格好の設定なのかもしれません。思えば「となりのトトロ」もそうでした。

子供たちの誠実さ

 翻訳家の脇明子先生(「お姫さまとゴブリンの物語」などの翻訳などをされていて、とても美しい文章で大好きです)の解説にもあるのですが、この4人が「とぶ船」を魔法の船だと知ったとき、「売った人はこの船のほんとうの値打ちを知って売ったわけではないはずだから、売主に返したほうがいい」と手分けしてお店を探すシーンがすばらしい。

 4人のどの子も、魔法の船を売主に返すのは気がすすまないのですが、それでも「船は返すべきだ」と考えて、ラディクリフの町を必死に駆け回るのです。

 もう、これだけで、この4人の親がいいお父さん、いいお母さんなのがわかります。
育ちがいいって、こういうことなんでしょう。

「とぶ船」の登場人物たちの魅力を一言で言うと「誠実」なのです。

 子供らしいやんちゃさはあるのですが、肝心なところではまっすぐ筋を通すことを忘れない、こういうところが「魔法」に選ばれた理由なのでしょうね。

 この子供たちの「誠実さ」が軸になり、とぶ船を使った大冒険を通じて、4人がまっすぐに成長してゆく姿が描かれます。
 また、物語途中で登場する、過去の時代のマチルダ姫も、おとぎ話でよく見る可愛らしい姫君ではなく、戦いに明け暮れたあらぶる時代の姫らしく、気が強く頑固で強情なのですが、だんだんと彼女自身の努力家で誠実な魅力があふれてきます。

 わたしはマチルダがピーターたちの時代にタイムトラベルしてきて、自分の父が建てた教会の募金箱にお金を入れるシーンが大好きです。
 日本でたとえるなら、聖武天皇の皇女が、奈良の大仏の維持費の募金箱にお金を入れるみたいな感じでしょうか。

 現代の人たちが、見栄だとか近所のしがらみだとか、さまざまな事情で寄付をしていそうなのに比べ、マチルダは教会の行く末を真剣に案じているのです。
 不便で危険な時代だけれど、マチルダは自分が生きてきた世界が大好きなのが伝わってきます。

「とぶ船」との別れ

とぶ船   ヒルダ・ルイス/作 石井桃子/訳 岩波少年文庫

 子供たちは、様々な冒険をして、最終的に「魔法の船」を手放します。
 この「魔法を手放す」ことに関しては、さまざまな解釈があって、子供たちが小さい頃に見えていた妖精が見えなくなることや、信じていた夢を失うこと、魔法のアイテムを手放すこと、などは、児童文学において作者それぞれのスタンスがあり、いいこととしても悪いこととしても描かれます。

 オーソドックスな形では、「子供時代からの卒業」のように描かれますし、「ピーター・パン」のようにあっちの世界に行って戻ってこない存在(おそらく死んでいる)、「メアリー・ポピンズ」のように超自然的存在として現実と幻想の間を行き来する(けれども子供たちはメアリーと別れる運命にある)、また、「ランサム・サーガ」のフリント船長ことジムおじさんのように「子供たちと交流するために再び帰ってくる」パターンもあります(ランサムの場合は「魔法」ではありませんが、「空想の世界」という意味で)。

 また、「グリーン・ノウ」シリーズのオールド・ノウ夫人のように、魔力を秘めた不思議な屋敷と寄り添って、そのまま森の隠者のような老賢人になるパターンもなくはありません。「ハリー・ポッター」シリーズのハリーは、魔法の世界を守るために、その世界にとどまります。

 「とぶ船」のピーターは、船を本来の持ち主に返します。
 しかし、とぶ船で体験したさまざまなことは、4きょうだいの心に残り、彼らはそれを大切にしてそれぞれの夢を叶え、りっぱな大人になります。

 ピーターは作家になり、シーラは医者兼詩人になり、ハンフリは考古学者になり、サンディはすばらしいお母さんになりました。
 少年時代の一瞬のきらめきのようでもありますが、それぞれが冒険から得たものを生かして、夢を叶えた大人になることが、「魔法」の使い道である、というお話です。

魔法と現実

 もちろん、これは「ファンタジー」に対するひとつの解であり、すべてではありません。

 最近では、「大人になっても夢を忘れてはならない」と言う話も生まれてきており、時代の流れを感じます。

 自分の願いを叶えるために、超自然的な力を使いまくるのは子供の間だけですが、大人になって、「誰かを助けるために不思議な力を使う」お話や、「不思議は日常といつも隣り合わせ」と言うお話は増えました。

 それは、それだけ、現実の世界が殺伐としてきたからでしょう。

 わたしは、人生にはわからないことや不思議なこと、未知のことがたくさんあったほうがいいと思う人です。
 現実的に生きて行く方法も必要だけど、夢やロマンも忘れちゃならない、といつも思っているので、このサイトでは、「10歳から知っておきたいお金の心得」「ルビィのぼうけん」のような根の生えた現実的な知育本のご紹介とともに、ファンタジーの名作を取り上げています。

 今の子供って、小さい頃からハイテク機器の取り扱いやプログラミング、金融の知識など、知らなきゃいけないことが多すぎます。そして、知識を得ないと生き抜けない、厳しい時代になってしまいました。

 だからこそ、空想や夢、想像力の部分も同じだけ必要なのだと思います。

 空想、けっこうじゃないですか。

 きっと、誰かの空想が、これからも何かを生み出し、そしてそれが多くの人々を助けることになるのにちがいありません。それこそが「魔法」なのだと、わたしは思います。

繊細な方へ(HSPのためのブックガイド)

 ネガティブな要素はありません。さわやかで、はつらつとした元気いっぱいのファンタジーです。4人の子供たちは、みんな心優しく、いい子たちばかり。イギリスの歴史を行き来するタイムトラベルファンタジーなので、読みながらインターネットで検索すると、よりいっそう楽しめます。

※マチルダの刺繍に似ていると物語内で語られていたタペストリーはこちら

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