【空飛ぶ木馬】「ルドルフとイッパイアッテナ」の作者が描く、アラビアンナイト第四弾。魔法の木馬の物語。【アラビアン・ナイトシリーズ】【小学校中学年以上】

2024年3月7日

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空飛ぶ木馬 アラビアン・ナイト 斉藤洋/作 一徳/画  偕成社

サブル王のもとに、三人の学者がやってきて、それぞれが貢物をしました。ひとりは敵が来たときにラッパを吹く黄金の像を、もうひとりは時を告げる魔法の皿を、そしてさいごの貢物は空飛ぶ木馬でした……

この本のイメージ 冒険☆☆☆☆☆ 恋☆☆☆☆☆ ビターな友情☆☆☆☆☆

空飛ぶ木馬 アラビアン・ナイト 斉藤洋/作 一徳/画  偕成社


<斉藤洋>
日本のドイツ文学者、児童文学作家。亜細亜大学経営学部教授。作家として活動するときは斉藤 洋と表記する。代表作は「ルドルフとイッパイアッテナ」「白狐魔記」など。

 

「ルドルフとイッパイアッテナ」「白狐魔記」の斉藤洋先生がリメイクしたアラビアンナイトシリーズ四部作の第4巻は「空飛ぶ木馬」です。

 この本に収録されているお話はふたつ。空飛ぶ木馬が美しい王子と王女の恋を実らせる「空飛ぶ木馬」と、ふたりの商人の数奇な運命を描く「アブ・キルとアブ・シル」の二本です。

 アラビアン・ナイトの物語は、明るく爽快な「シンドバッドの冒険」のような話と、悲しく残酷なお話の二種類があり、この本にはテイストの違う二本が納められています。

 表題作の「空飛ぶ木馬」は、キラキラの冒険物語です。
 ペルシャのサブル王のもとに届けられた、黒檀でできた美しい木馬。この木馬はまたがると空を飛べるようになっていました。木馬の見返りとして、美しい末の姫を要求した学者でしたが、姫は泣いて嫌がります。

 妹を心配してなんとかしてやろうと、乗り出した王子が、この物語の主人公カマル・アル・アクマル王子です。

 王子は、妹を助けようとしますが、学者に騙され、木馬で遠い彼方に飛ばされますが、なんとか操縦法を覚え、他国の王宮に着陸します。そこで、美しい姫に出会います……

 というのがあらすじ。
 この後は、王子と姫の恋と冒険の物語。お話は、驚きと逆転に満ちた、奇想天外な物語。わくわくするおとぎ話です。

 「アブ・シルとアブ・キル」はちょっとビターな物語。
 こちらは、斎藤先生の暗いほうの魅力が現れたお話です。

 斎藤先生のお話と言うのは、「斎藤節」とも言うべき独特の持ち味があります。
 人間模様に単純な善悪をつけず、黒でも白でもない、黒と白のあいだの様々なグレーのグラデーションを描くのです。

 まじめな床屋のアブ・シルと、ろくでなしの友人アブ・キルがふたりで旅に出て、数奇な運命をたどるお話は、面白おかしく、でも、最後は少しせつない。

 でも、このせつなさがわかるのは、たぶん大人なのです。子どもはむしろ、そんなにピンと来ないまま、読めてしまうかもしれません。

 「立身出世物語」を児童文学で描くとき、イギリスやアメリカのお話だとわりとカラッと明るく大成功したお話になることが多いのです。
 「トム・ソーヤーの冒険」のトムは、最後大金持ちになります。「宝島」のジムも宝を持って帰ります。
 それに対して、苦しい冒険の末に、宝を手に入れられなかったり、宝を諦めたりするお話は、日本の物語に多い。「ほんとうの宝はここまでの冒険そのものだったんだ」と言うお話です。

 どちらがいいというわけではありませんが、これは人生観や宗教観につながるものだと思っています。
 西洋のお話が「人は努力したぶんだけ報われるべき」というテーマであれば、日本のお話は「諸行無常」、つまり形あるものには価値はなく、本当に価値あるものは目に見えないものであると言う考え方です。

 「アブ・シルとアブ・キル」は、ふたりの男の立身出世物語を描きながらも、ちょっとビターで東洋的な味わいをもったお話です。

 善良な人間と、善良でない人間の対比物語と言うのは、「花咲爺さん」など、昔話にも多いものです。この物語は、「もし正直じいさんといじわるじいさんが仲良しの友達だったとしたら」みたいな側面が描かれており、そこがほろ苦いのです。

 西洋の物語ではほとんど見られない、「貧乏だったときのほうが幸せだったかもしれない」と言う物語は、日本の作家の物語ではわりと見られます。お金は無いなら無いなりに苦しいし、あるならあるなりに悩みが多い、という事なんでしょう。なんでもほどほどがいいのかもしれません。そういうところが日本的かも。

 大人の物語として大人が読むのもいいし、子どもが、いつか大人になったときの心の予防接種として読むのもよいでしょう。
 最後の最後にこういうビターな物語を出してくるあたりが、斎藤流だと思います。気が抜けない。

 前半の物語では「まんざらでもない」って言葉の意味をくだいて説明したりと、微妙な心の動きを子どもにもわかるようにこれでもかと書くのに、後半の「アブ・シルとアブ・キル」は、心理描写はほとんどなく、読者に投げっぱなしなので、これはわざとでしょう。

 大人になったときに、あとで思い返して読み直す、そんな物語なのかもしれません。

 「空飛ぶ木馬」のキラキラ感と「アブ・シルとアブ・キル」のほろ苦さで、ミルクとビターのチョコレートセットみたいな本です。この「アラビアン・ナイトシリーズ」は、明るく爽快な「シンドバッドの冒険」から始まって、ちょっと大人っぽく冒険物語は終わります。

 長い旅を終えた気分になるシリーズです。

 寒い季節に、甘いお菓子と熱いお茶をお供に楽しみたい四冊です。自粛期間の週末にぜひどうぞ。

繊細な方へ(HSPのためのブックガイド)

 前半はキラキラ、後半はほろ苦い物語です。HSPHSCの方は、ちょっと悲しくなってしまうかも。後半のお話もいい話なので、精神状態が万全なときに挑戦してみてください。ちょっとせつない、やるせない味の物語ではあります。でも、HSPやHSCの方のほうが多くのメッセージを受け取れると思います。

 読後は、トロピカルフレーバーの紅茶やレーズン、ナッツなどのお菓子で、南国気分を楽しんでみてくださいね。

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