【ドローセルマイアーの人形劇場】ある日、運命がノックする。人生の分かれ道にどう選択する?摩訶不思議なファンタジー【小学校高学年以上】

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ドローセルマイヤーの人形劇場 斉藤洋/作 森田みちよ/絵  あかね書房

数学教師エルンストは、ある日、曜日を間違えたことがきっかけで、ドローセルマイヤーという人形遣いに出会い、弟子入りすることになる。それは、彼の運命を決定するできごとで……

この本のイメージ 幻想的☆☆☆☆☆ 運命とは☆☆☆☆☆ 人生とは☆☆☆☆☆

ドローセルマイヤーの人形劇場 斉藤洋/作 森田みちよ/絵  あかね書房

<斉藤洋>
日本のドイツ文学者、児童文学作家。亜細亜大学経営学部教授。作家として活動するときは斉藤 洋と表記する。代表作は「ルドルフとイッパイアッテナ」「白狐魔記」など。

<森田みちよ>
愛知県生まれ。絵本の作品に「うとうとまんぼう」「ぷてらのタクシー」、児童書の挿絵に「どくろじるしのかいぞくドルク」「しりとりこあら」など。

ドローセルマイヤーの人形劇場 斉藤洋/作 森田みちよ/絵  あかね書房

 「ルドルフとイッパイアッテナ」「白狐魔記」の斉藤洋先生の幻想小説です。
 ファンタジーというより、幻想小説と言うほうがふさわしい作品で、これは、たまらなく好きと言う人と、ちょっぴり不気味で怖いと思ってしまう人とに別れそうです。児童小説なのですが、かなり大人っぽいのです。

 耽美な雰囲気もして、言葉にできない魅力があります。

 ちなみに、ハッピーエンドです。オカルトやホラーや、悲劇ではないので安心してください。ただし、人形が登場するからといって、甘いメルヘンでもないのが斎藤流。

 お話は……

 数学教師エルンストは、ある日、曜日を間違えたことをきっかけに、いつもと違う道を歩いていると、ドローセルマイヤーという人形遣いに出会います。

 人形をまるて生きている人間のように操るドローセルマイヤーの技に魅入られたエルンストは、彼に弟子入りし、ともに旅をすることになります。

 そして、やがて…… というのがあらすじ。

 ごくふつうの生活をしていたごくふつうの人間が、幻想的な世界へと足を踏み入れてゆく。芸術に見入られた人間が、芸術の道へとすすむことを決意する物語とも読めます。

 ドローセルマイヤーは、ドイツの幻想作家ホフマンの「くるみ割り人形とねずみの王様」に登場する人形遣いの名前。また、この物語に登場するゼルペンティーナもホフマンの「黄金の壷」に登場します。

 ここが、ドイツ文学者の斉藤先生のホームグラウンドだったのですね。

 日本人が書いたヨーロッパの物語なのに異国情緒があり、惹きこまれます。美しいのですが、どこか怖い感じもして、不思議な雰囲気のお話です。

 斉藤先生のあとがきにこうあります。
 「だれしも、運命が扉をたたく時というのがあるのだと思う。そのノックの音に気づかなければ、それはそれでしかたがない。しかし、気づいていながら、気づかぬふりをしていることのほうが多いのではなかろうか。」(引用 p147)

 ここまで読んで、「ああ、これは作家の話なのだ」と腑に落ちました。

 人形使いは作家。人形たちはキャラクター。エルンストは作家の世界に迷い込んだ斉藤先生自身なのかもしれません。
 だから、人形劇は「人形たちにまかせておけばよい」、人形遣いに必要なのは、「あやつっているようにふるまうこと」、「人形は時々、ふえたりいなくなったりする」……

 よく、小説家には「言霊が降りる」と言います。
 小説を書いていると言うより、何かに突き動かされるように「勝手に書いている」、何かが自分に降りてきていて、「書かされている」ように感じられるときに名作が生まれると言います。これが「壁の向こうの」世界なのでしょう。

 偶然にも曜日を間違えて、余った時間で普段はしないことをしたことをきっかけに、エルンストは芸術の世界に足を踏み入れ、そして、人形たちが織り成すドラマを人々に届ける役目を担うことになりました。

 演目は人形たちにあらかじめ伝えておけば、あとは勝手に人形たちがやってくれる。
 自分が「この話はこう書こう」と思わなくても、ペンが勝手に走り、キャラクターたちが勝手に動いてドラマを展開するように。そして、キャラクターは時折、勝手に増え、勝手に退場する。
 幻想の世界に、自分を導いてくれるミューズとしてのキャラクターがいて、彼女は、自分のことを誰よりも知っていて、そして、彼女が芸術を生み出すサポートをしてくれる……。

 非常に哲学的な作品です。
 独特の雰囲気と、えも言われぬ魅力がありますが、これを児童文学として小学生に向けて投げちゃうのは、さすがは斉藤先生、豪胆と言うか、容赦がない。

 斉藤先生は「ルドルフとイッパイアッテナ」のように、正統派の、ストレートな児童文学を書かれる一方で、子ども相手にこういう、何の手加減もない哲学的な物語をぶつけてくるので、たまにびびります。なんという剛速球。しかも球が重い。

 しかし、たしかに、小さな子どもでも、芸術の素養がある、そういう方向に適性がある子と言うのが確実に何パーセントかは存在します。
 そういう子は、幼少期から周囲に理解者がいなくて孤独な気持ちを抱えていることも多いので、この本がなんらかの救いになるかもしれません。

 非常に抽象的で、説明が少なく、読み手の解釈や空想にまかせているところがあるので、読後の想像を掻き立てます。
 読み終わった後、「どういう意味なのかな」とあれこれ話し合ったりするのもおすすめです。

 字は大きくて読みやすく、難しい漢字には振り仮名がふってあります。小学校中学年から読む事はできます。
 ただ、10歳くらいだと、ふつうはようやく自我が芽生えたくらいの年齢なので、難しすぎるかもしれません。そこらへんは、保護者の方が様子を見てご判断ください。このサイトでは、高学年以上としておきます。

 小学校中学年で、芸術方向に興味があり、内省的で考え込みやすい、そして孤独に苦しんでいるお子様なら、むしろおすすめです。
 「自分にもいつかきっと、運命がノックする日が来る」と思えるなら。
 ある種の子どもには、救いになる可能性がある物語です。

繊細な方へ(HSPのためのブックガイド)

 ネガティブな要素はありませんが、ある程度の情緒の成熟を必要とするので、よくある子供向けファンタジーではありません。
 HSCのお子様のほうがより多くのメッセージをうけとれると思います。
 多くの比喩に満ちていて、かつ、読み手の解釈にまかせているところがあるので、親子で読んで、それぞれの考察を語り合うのもいいかもしれません。
 幻想的な世界が好きな方にはおすすめです。

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