【ランサム・サーガ】シリーズ最高傑作。アクシデントで外海に出てしまった子どもたちの大冒険【海へ出るつもりじゃなかった】【小学校高学年以上】
外国からもどって来るお父さんを迎えにピン・ミルに来たウォーカーきょうだい。そこで出会ったジムに彼の船ゴブリン号に一晩乗せてもらう約束をします。ところが、そこで思わぬ出来事がおきて……
この本のイメージ アクシデント☆☆☆☆☆ 緊急時の決断☆☆☆☆☆ 成長☆☆☆☆☆
海へ出るつもりじゃなかった 上下 ランサム・サーガ 7 アーサー・ランサム/作 神宮輝夫/訳 岩波少年文庫
原題はWe Didn’t Mean to Go to Sea . 原書初版は1937年。日本語版初版は1967年。岩波少年文庫版の初版は2012年です。
ランサム・サーガは、イギリスの作家アーサー・ランサムが書いた12作のシリーズで、かつては「アーサー・ランサム全集」として刊行されていました。ウォーカー四きょうだい、ブラケット姉妹、D姉弟が主な登場人物で、それぞれのお話で主人公が交替しながら、大きな流れをつくっています。
子どもたちが休暇に帆走船でセーリンクをしたり、無人島でキャンプをしたり、宝探しをしたりする物語で、SF要素やファンタジー要素はなく、船やキャンプの知識の深いランサムが自分の経験を生かして書いているので、随所にリアリティがあるのが特徴です。
様々な困難やアクシデントを子どもたちが自分たちだけの力で乗り越える物語なので、大人が読んでも学ぶことが多く、今なお愛されているロングセラーなのです。
ランサムの七作目、「海へ出るつもりじゃなかった」は、シリーズ最高傑作と呼び声の高い作品。タイトルだけでも耳にした人はいるのではないでしょうか。リアルで、スリリングで、そして、ラストは読んでいるだけで達成感のある冒険物語です。
夏休暇のうきうきした気持ちを描いた「ツバメ号とアマゾン号」とはちがい、緊迫感の高い物語です。この緊迫感は、おそらく当時はじまっていた第二次世界大戦の影響であろうと翻訳家の神宮輝夫先生が解説で書かれています。
ランサム・サーガは、ひとつひとつが独立した物語になっているので、どの巻を抜き出して読んでも面白く、どの順番で読んでも問題のないつくりになってはいます。
しかし、この「海へ出るつもりじゃなかった」は、ジョン・ウォーカーの成長物語でもあるので、彼の成長を確認するためにも、ぜひともシリーズ第1巻「ツバメ号とアマゾン号」から順番にお読みいただきたいのです。
「ツバメ号とアマゾン号」のレビューはこちら↓
「海へ出るつもりじゃなかった」は、「ツバメ号とアマゾン号」でナンシイやフリント船長たちの深い知識に驚いていたジョンが、「ツバメの谷」でツバメ号を座礁させてしまうアクシデントを乗り越え、様々な体験をした後、ついには、子どもたちだけでは到底乗り越えられないような困難を乗り越えるお話です。
ストーリーは……
外国からもどって来るお父さん、ウォーカー中佐を出迎えるためにジョン、スーザン、ティティ、ロジャの四人はイギリスの東海岸にあるサフォーク州ハリッジ、河口の町ピン・ミルに来ていました。
そこで出会った若い船乗りジム・ブランディングの小さな船「ゴブリン号」に一晩乗せてもらう約束をします。お母さんの許可も得て、ゴブリン号に乗り込んだ4人ですが、エンジンのオイルを買いに陸に上がったジムを待っているあいだに大変なことがおきてしまいました。船が碇を失い、外海へと流されてしまったのです!
子どもたちだけで外海の荒波を乗り越え、なんとかして帰り着かなければならない。
船のことが完全に理解できているのは、長男のジョンだけです。はたして、子どもたちは無事に帰れるのでしょうか?
……と、いうのがあらすじ。
いちばん最初に読んだときはとても幼かったので、大好きなブラケット姉妹は出てこないし、暗い話なので、読み始めはちょっと苦手に感じていました。でも、危機に継ぐ危機、アクシデントに継ぐアクシデントの展開は、ページをめくる手を止めません。
最後はあっと驚く展開が待っており、子ども心にびっくりするようなハッピーエンドで、ほっと胸をなでおろしたのをおぼえています。
大人になってから読むと、また別の感慨があります。
「ニワトリ号一番のり」のレビューでも書きましたが、帆船もののお話は、現代のクリエイティブ系の小さな職場とかなり似たものがあります。締め切りや納期までは逃げられない閉塞した職場環境、納期が近づくにつれ殺気立ってくる職場、アクシデントに継ぐアクシデント、起こってほしくないときにこそ起きる事故などなど……計画通りにいかないことだらけ。
しかし、納品してしまえば、すっきりと、陸に上がった水夫たちのようにさわやかな気分です。
「海へ出るつもりじゃなかった」でも、ジョンたちが自分たちの力ではどうにもならない不運の連続で、危険な外海へ船を出してしまうことになってしまいました。お母さんには厳しく禁じられてしたことです。しかも、すぐ戻ってくると言って出て行った船主は戻って来ません。
もちろん、船長のジムは彼らを騙していたわけでもなんでもなく、どうしてもすぐには戻れない理由があったのですが、現実世界もそのような「誰も悪くはない災難」と言うものがありえます。
いままでは難しいことは全部大人が決めてくれた、それを忠実に守っていればよかった子どもたちが、子どもだけで放り出され、命の危機にさらされた状態で、次々と決断を迫られ、決断してゆく……
ジョンはそれをやり遂げます。
スーザンも、子どもたちをまかされていながら、お母さんとの約束を守れなかったストレスで何度も吐きながらも、苦しみを乗り越えてジョンをサポートします。
子供向けの本ではありますが、大人が読んでも、共感することがたくさんあります。
困難にさいして、往々にして完璧な答えはありません。この場合は、本来ならお母さんとの約束を守って外海には出ず、約束のお茶の時間までに帰る、と言うのが完璧な答えです。
しかし、アクシデントで碇が流されてしまった以上、それは出来なくなりました。
安全な場所から流された船が最優先しなければならないのは「座礁しないこと」。しかも、これは預かった船なので、むやみやたらに知らない人に救助をもとめて詐欺師に船を取り上げられるわけにはいきませんでした。(当時はそのような「救助詐欺」が多く、ジムはジョンに水先案内人以外の人間を船に乗せてはいけないと約束させていました)
ジョンは、浅瀬から無理に方向転換して川を上るよりも、細い安全なルートでいったん外海に出てからもう一度河口に入るほうが安全だと判断します。ところが……
人生、長く生きていると、「どの道を選んでもダメージが生じる選択肢しかない場合」があります。
たとえば、Aは10パーセントの確実なダメージ、Bは不確実だけど高確率で100パーセントのダメージが出る選択肢があるとします。
この場合は、どうしたってAを選ばなければなりません。組織や家族を巻き込んでしまうならなおさらです。
それは正解の選択であるはずですが、選ぶとその直後に確実にダメージが発生してしまうので、選択した結果、間違っていたような錯覚を起こしてしまうのです。なぜなら、「選ばなかったほうのダメージは実際には起きていないので見えないから」。
この場合は、「お母さんとの約束を破ってしかられる」と言うのが10パーセントのダメージです。けれど、流された船が座礁して船も子どもたちも全滅することに比べたら、お母さんにしかられるくらいのダメージはしかたがありません。
ジョンとスーザンの選択は正しかったのですが、長女としてきょうだいの身の安全と健康をまかされていたスーザンは、お母さんの信頼を裏切ってしまったことで体調をそこねるほど苦しみます。しかし困難に立ち向かうジョンを見て、スーザンも苦しみを乗り越え、大きく成長するのでした。
わたしが好きなのは、海で流されている子猫を助けるシーン。猫を見つけたティティの言葉に、「本当か?どれどれ」とか「たいへんだ、助けなくちゃ」とかそんなことは一言も言わずに、ジョンがぐいっと船の向きを変えて子猫のもとへゴブリン号を近づけようとするところ。おお、ジョン、かっこいいと素直に思いました。
自分たちが助かるだけでもたいへんな状況なのに、漂流した猫を助けようとするウォーカーきょうだい。物語上、なくてもいいシーンなのですが、こういうシーンを入れてくれるところが好きなのです。
かなりボリュームがある小説ですが、文章は平易で読みやすく、難しい漢字には振り仮名が振ってあります。小学校高学年から。かしこい子なら四年生くらいから挑戦してもいいと思います。(しつこいようですが、まずは第1巻から)
多くのクリエイター、作家に影響を与えたアーサー・ランサム。
特に「海へ出るつもりじゃなかった」は、おそらくは「機動戦士ガンダム」や「銀河漂流バイファム」の誕生にインスピレーションを与えたはずです。(ただの推測ですが、世代的に影響はゼロでは無いと思います)
大人が読んでも、学ぶことが多いシリーズです。この冬、全巻読破してみてはいかがでしょう。
繊細な方へ(HSPのためのブックガイド)
ネガティブな要素はほとんどありません。繊細な方は、スーザンに共感してちょっと苦しくなってしまうかもしれませんが、スーザンもジョンに負けず劣らず成長します。読み終わったときは、すがすがしい気持ちになる物語です。
読後はあたたかいココアが飲みたくなるかもしれません。ご用意くださいね。
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