【けんか餅】気の短い若旦那と奉公人の男の子ががんばる、お江戸日常物語。【お江戸豆吉】【小学校中学年以上】

2024年3月20日

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けんか餅 お江戸豆吉   桐生環/作 野間与太郎/絵  フレーベル館

豆吉は十一歳になったばかりの、菓子屋「鶴亀屋」の奉公人。ある日、米蔵若旦那と一緒に、店を放り出されてしまった。小さな店をひとりでやってみろとまかされた若旦那。でもこの若旦那、めっぽう気が短くて……

この本のイメージ お江戸時代劇☆☆☆☆☆  和菓子☆☆☆☆☆ 物語の始まり☆☆☆☆☆

けんか餅 お江戸豆吉   桐生環/作 野間与太郎/絵  フレーベル館

<桐生環>
静岡県出身。本とちょんまげ好きがこうじて、子ども向けの時代物創作を始める。賞歴に、第15回小学館「おひさま大賞」童話部門・最優秀賞「コイになった とのさま」(「おひさま」本誌、おひさまセレクション「楽しくなっちゃうおはなし16話」に掲載)。第2回フレーベル館ものがたり新人賞優秀賞を受賞し、本作が初の出版となる。好きな和菓子は、みたらし団子。

<野間与太郎>
岡山県出身。児童書の挿絵、学習まんが、広告まんがなどを手がける。主な作品に「学習まんが日本の伝記SENGOKU 明智光秀」(集英社)、「幕末明治サバイバル! 小説・渋沢栄一」(KADOKAWA)など。好きな和菓子は、豆大福。

 わたしが子どもの頃は、夜のテレビ番組で週に二つか三つは時代劇でした。そして平日の夕方四時からは、毎日時代劇の再放送をしていたものです。

 もう、「時代劇」って言う言葉も聞きなれなくなりましたが、いまの若い方に説明するなら、江戸時代の物語のことです。たいていは江戸の下町が舞台で、そこでの事件を解決する「捕り物帖」もの、例外としては水戸光圀さまが家来を連れて諸国漫遊するという「水戸黄門」がありました。どれも大人気で長寿シリーズだったので、昭和と平成前半に育った人たちにはなじみがあります。今、テレビで時代劇をしてないなんて、なんだか不思議な気分です。

 「最近、時代劇をみなくなって、さみしいなあ……」
 と思っていたら、同じように思っていた方がいたんですね。児童文学の世界では時代劇が増えています。

 本日ご紹介するのは、ちょっと気弱な菓子屋の奉公人豆吉が、威勢のいい江戸っ子たちにもまれて成長してゆく物語、「お江戸豆吉」シリーズの第1巻、「けんか餅」です。
 初版は2021年5月。出たばかりですが、もう第2巻も出版されています。

 ストーリーは……

 菓子屋「鶴亀屋」の若旦那、米蔵はとにかく気が短い。何に対しても腹を立て、けんかを売りまくり、そして買いまくる。
 ある日、お客様と大喧嘩をしてしまい、ついに父親である「旦那様」から、ひとりで小さな店を切りもりしてちょっと苦労を知って来い、と追い出されてしまいます。

 若旦那のお供にとつけられた豆吉、瞬間湯沸かし器のような短気な若旦那に振り回されて四苦八苦。けれども、だんだん親しい人たちやごひいきも増えてゆきます。

 ところがある日、実家の「鶴亀屋」にとんでもない事件が起きて……

 ……と、いうのがあらすじ。

 火事とけんかは江戸の華。要するに、家も人間もしょっちゅう燃えていたってこと。今でも、ネットでの人間同士のトラブルのことを「炎上」と言いますが、火事とけんかは江戸の昔から深い関係があったようです。

 去年田舎から奉公にきたばかりの豆吉は11歳。つまりは10歳で奉公に出た計算です。10歳とは小学四年生。ようやく自我が芽生えたくらいの頃。小学四年生で家を出て、遠く離れたお江戸で、他人の家で住み込みで働くと言うのは、かなりしっかりしています。

 江戸時代ではこんなふうに子どもが出稼ぎに行くことが多く、家にもどるのはお盆と正月くらいでした。住み込みで働く奉公人は、ここで店の仕事を覚え、ちゃんと成長すれば大人になった頃には「のれん分け」と言って、店を持たせてもらえます。

 豆吉はまだまだ奉公一年目。ところが、けんかっ早い米蔵若旦那の「お仕置き」のために、一緒に店を出されてしまいます。

 でも、考えてみれば、11歳で跡継ぎの「お目付け」を任されるのですから、この子は相当期待されています。雨漏りのするボロ屋で寝起きするところからはじまる生活ですが、なにもかもを自分たちで準備するので「店の開き方」をイチから勉強するようなもの。

 そして、若旦那はただ短気なだけで菓子つくりの腕は確かなため、一緒につくっていれば菓子つくりの勉強になります。だいたい、11歳になったばかりの男の子が、師匠と一対一で仕事を教えてもらえる機会なんてそうそうありません。
 ピンチはチャンスというわけです。

 豆吉は、気弱で非力な男の子ですが、真面目で粘り強く、打たれ強い。この「打たれ強い」はただの「強い」よりずっと重要で、児童小説の主人公によく見られる美徳です。

 児童小説の主人公にはいくつかのパターンがあって、

 1. トム・ソーヤーや、ピッピ・ナガクツシタみたいな、大人が閉口する悪ガキタイプ。でも、子供たちにとってはスーパーヒーロー。

 2. 「宝島」のジムのような、とくに際立ったとりえはないけれど、「持ってる」タイプ。(要所要所で不思議な運を発揮して、仲間を守る「特異点」のような存在)

 3. 「ランサム・サーガ」のジョン・ウォーカーや、「エーミールと探偵たち」のエーミール、「プリデイン物語」のタランなど、正統派の男の子タイプ。

 4. 「パーシー・ジャクソンシリーズ」のパーシーのような、生まれつきちょっと変わっていたり特殊能力のある「はずれもの」タイプ。

 5. 内気で自分に自信がなく、気弱だが異常に打たれ強く、困難を跳ね返して最終的に大逆転するタイプ。

 これらのどれかか、複合タイプであることもあります。
 ハリー・ポッターは、4と5の複合タイプですが、5の要素のほうが強い。

 そして、この5番目のタイプは、日本人の好みでもあります。もちろん、豆吉は5番目です。

 とくに豆吉は、異常にけんかっ早い若旦那のストッパーとして行動をともにすることになったのですが、若旦那は短気な上に体格が大きい。大男の若旦那の逆上を子どもの小さな身体で止められるわけもなく、いつも豆吉は、眉毛をハの字にして困り果ててしまいます。

 なんかもう、それだけでおかしみがあるし、豆吉がおろおろする様子を読むだけで、なんだかクスっとしてしまいます。

 一方、若旦那の短気は筋金入り。人間だけでなく、道端の石ころ、屋根の雨漏りにまで腹を立てまくる。でも、いつまでも腹を立て続けるわけではなく、「怒っている場合じゃない」と思うと、すっと怒りは引っ込むのです。これが若旦那の美徳。
 それに、菓子の腕は一流です。

 建具屋の辰五郎、髪結いのお竜、その妹のお駒ちゃんなど、親しいお得意さんたちも増え、なんとか小さな店も軌道に乗るかと思った矢先に、実家で大事件、それを若旦那と豆蔵、そして親しくなった仲間たちとで解決します。

 お話の中で、豆吉はとくに目覚しい活躍はしていませんが、一歩一歩着実に成長しているのが頼もしい。シリーズ物なので、だんだん豆吉が成長して、活躍してゆく話になるのでしょうか?

 それぞれのキャラクターが個性的で、今は顔見せといった感じなので、今後のお話が楽しみです。
 お話は、五つの小さな章に分かれていて、合間に、「豆吉のお江戸豆ちしき」が挿入されていて、至れり尽くせり。

 いまどきの感覚もありつつ、昔ながらの下町の人情物語のよさもある。江戸っ子たちは、さっぱりしていてきっぷがよく、勝気なお竜ねえさんも、かわいいお駒ちゃんも魅力的です。そして、伝統的な和菓子の作り方など、豆知識がいっぱい。

 ファンタジーやサスペンスではなく、子供向けの日常系の時代小説です。
 不思議要素がない分、お江戸の風俗や文化、11歳の豆吉の子どもなりの頑張りなどが丁寧に描かれています。10歳そこそこから大人の世界で働いている、江戸時代の子どもの物語を読むのは今のお子様には新鮮ではないでしょうか。

 簡単な漢字以外には振り仮名が振ってあり、字もほどよい大きさなので、小学校中学年から。でも、大人が読んでも楽しく読めます。

 時代劇の大好きなお父様お母様が子どもと一緒に読んだら親子の話題が広がることまちがいなし。読後は親子で江戸時代のことを調べても楽しそうです。

 もうすぐお正月。日本の伝統的な行事に触れるいい機会です。冬のお休みに時代小説はいかがでしょう。一味違うクリスマスプレゼントに。

※この本には電子書籍もあります。

繊細な方へ(HSPのためのブックガイド)

 ネガティブな要素はありません。若旦那は、信じられないほど短気でけんかっ早い性格ですが、さっぱりしていて、根に持たず、さわやかです。豆吉は小さいけれど頑張り屋で、頭が下がります。

 江戸時代の風俗もしっかり描かれており、時代劇好きは昔懐かしい気持ちがするでしょう。
 読後は、もちろん、大福と渋茶でひとやすみ。

 

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