【ムーミン】いちばん最初の「ムーミン」。トーベ・ヤンソンの初期作品。【小さなトロールと大きな洪水】【小学校高学年以上】
ムーミントロールは、ママと一緒に行方不明のパパを探していました。パパは、あるとき、ニョロニョロと一緒に旅に出てしまったのです。ふたりは旅の途中でスニフと知り合い、光る花から生まれたチューリッパとともに、旅を続けます……
この本のイメージ いちばん最初のムーミン☆☆☆☆☆ ムーミン谷にたどりつくまで☆☆☆☆☆ 母子の冒険☆☆☆☆☆
小さなトロールと大きな洪水 ムーミン全集 9 トーベ・ヤンソン/作 冨原眞弓/訳 講談社
<トーベ・ヤンソン>
画家・作家。1914年8月9日フィンランドの首都ヘルシンキに生まれる。父は彫刻家、母は画家という芸術一家に育ち、15歳のころには、挿絵画家としての仕事をはじめた。ストックホルムとパリで絵を学び、1948年に出版した「たのしいムーミン一家」が世界中で評判に。1966年国際アンデルセン大賞、1984年フィンランド国民文学賞受賞。おもな作品に「ムーミン童話」シリーズ(全9巻)のほか、「少女ソフィアの夏」「彫刻家の娘」などがある。
<冨原眞弓>
フランス哲学研究者、スウェーデン文学者、聖心女子大学教授。
兵庫県立西脇高等学校卒業。1976年上智大学外国語学部英語科卒。同大学院博士前期課程修了。79年からパリ・ソルボンヌ大学大学院に学び、82年修了、哲学博士。聖心女子大学哲学科講師、助教授、教授。シモーヌ・ヴェイユが専門だが、1989年にトーベ・ヤンソンの作品に出会い、原著での訳を行うためスウェーデン語を習得し、作品の翻訳・研究を多数手掛ける。1998年に日本翻訳家協会文化奨励賞受賞。
ムーミン全集第9巻「小さなトロールと大きな洪水」。原題は Smatrollen och den stora oversvamningen.本国初版は1945年。日本語初版は1992年、新装版が2011年、そして、ムーミン全集としての初版は2020年です。
巻末の解説によると、この作品は、トーベ・ヤンソンが第二次世界大戦のさなかに、ひそかに書き始め、戦後に完成させた物語だそうです。
世の中が殺伐としている時は癒しが必要になります。創作する人にとっては「書く」ことが癒しになりますし、読むことが好きな人には、読むことが癒しになります。
世界中の人々に愛されるメルヘンは、そんな厳しい時代に生まれたものだったんですね。
あらすじは……
ある日、冒険心にかられてニョロニョロたちと旅に出てしまったパパを探して、ムーミントロールとママは旅に出ます。旅の途中でスニフに出会い、そして、美しい花の妖精チューリッパと一緒に、不思議な場所を訪ね歩き、4人で旅をすることになりました。
しかし、いつしか雨が降り始め、雨はやまず、洪水がやってきました……
……と、いうのがあらすじ。
令和の今、わたしたちの世代はもう年寄りの部類に入ってきてしまいましたが、この作品が書かれた時代のことは、祖母や両親からよく聞かされていました。
わりとマイルドな表現になって、いまでも朝の連続テレビ小説で描かれてはいますが、現実はそんなもんじゃなかったそうです。
被害がひどい地方では一面焼け野原になり、たくさんの人が死んだだけではなく、離れ離れになった家族や、行方不明になったりした人も多かったようです。
母と子が手をつないで旅をして行方不明の父を探しにゆく、そして、「この世の終わり」かとも思える大洪水と、それを乗り越える森の生き物たち、と言う流れは、そんな時代を思い起こさせます。
わたしの親戚にも、戦後、夫を探しに満州に渡り、あちこち旅をした伯母がいまして、この本を読みながら、そんな昔話を思い出しました。
印象的だったのは、自分で創ったお菓子の国にたった一人で住む男。
戦時中は砂糖が貴重品だったらしいので、これは今の感覚よりずっとずっと贅沢で、夢のような世界だったんでしょう。祖母も当時、瓶に入った砂糖を倉庫の奥に隠して、近所の人にばれないように少しずつ使っていたと言っていましたので、とんでもない価値があったのだと思います。
そういえば、わたしの幼い頃は、大理石のレリーフみたいに固めた、贈答用の砂糖がありました。
今では考えられないことですが、昔は、お歳暮やお中元に「砂糖」を贈る方は、わりといたんですよ。薔薇の花が飾られた、おしゃれな角砂糖とかね。(探してみましたが、今はそのものずばりのものは売っていませんね……それっぽいものがあったので、画像を貼って置きます)
このお菓子の国、「チョコレート工場の秘密」のワンカさんの会社の中に似ています。もしかしたら影響を受けたのかもしれません。(「チョコレート工場の秘密」の初版は1964年で、この作品の初版よりずっとあとです)
この夢のような国を出て旅を続け、食べ物が足りなくなったときに、ムーミンママはムーミントロールとスニフに、ハンドバッグからチョコレートを出して食べさせます。
お菓子の国から少し持ってきていたのです。でもママは食べません。「チョコレートがきらいなのよ」と言って、全部、ムーミンたちにあげてしまうのです。
ああ、これも、戦時中のエピソードとして、よく聞く話です。ひもじい子どもに食べ物を全部渡して、「わたしはこれ、きらいなの」って親が言うのはあるあるなんですね。
そんなふうに読んでいると、このかわいらしいメルヘンが、当時どんな思いで書かれていたのか、すこしだけわかるような気がしました。
しかし、お話は、すべてのムーミンのお話の中で、いちばんかわいく、あたたかく、幸せなハッピーエンドです。大洪水の中でも、新しい出会いもありますし、親切な存在に助けられもします。
様々な哲学的な学びをくれるムーミンたちの物語ですが、「小さなトロールと大きな洪水」は、人間の原点に戻った、とてもシンプルで、それでいてあたたかな気持ちにさせてくれるお話です。
この物語が、「ムーミン」の真髄と言っても過言ではありません。
このお話は、本来のムーミンシリーズの前日譚なのですが、これを最後に読むと、なんだか心がほっこりして、幸せな気分でラストを飾れるので、これを最後に読むのはわりと正解な気がします。原点回帰ですね。
かわいらしいメルヘンに見えて、哲学的で、かなり骨太のファンタジーである、ムーミンシリーズ。子どもから大人まで、どの年齢で読んでも発見と学びがあります。
おうち時間にもう一度、ムーミンたちと触れ合ってみてはいかがでしょう。とくに「小さなトロールと大きな洪水」は、家族愛、親子愛を再確認させてくれる内容です。
繊細な方へ(HSPのためのブックガイド)
洪水のシーンがあります。マイルドで怖くはありませんが、洪水のシーンが苦手な人は気をつけてください。「そういうシーンがあるのだな」と思って読めば読める人なら大丈夫です。
それ以外にはネガティブな要素はありません。心温まるメルヘンファンタジーです。ムーミンシリーズのほかの巻では、いつおうちでどっしりと構えているムーミンママが、このお話ではムーミンとともにアクティブに冒険します。
HSPやHSCの方のほうが、多くのメッセージを受け止められると思います。
読後は、温かいミルクとチョコレートでひとやすみ。
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