【クラバート】あの「千と千尋の神隠し」を生んだ、プロイスラーの名作。魔術を教える水車小屋での奇妙な生活【小学校高学年以上】
奇妙な水車小屋で見習い職人として働くことになったクラバートは、そこで親方から魔術を習うことになる。そこは、魔術の力で外へ出ることができない場所だった。しかし、三年後、愛する少女のため、自由のために、ついに親方と対決する時がくる……
この本のイメージ ダークファンタジー☆☆☆☆☆ 魔法☆☆☆☆☆ 愛☆☆☆☆☆
クラバート プロイスラー/作 中村浩三/訳 偕成社
<オトフリート・プロイスラー>
オトフリート・プロイスラー(Otfried Preusler、1923年10月20日~2013年2月18日)は、チェコスロバキア生まれのドイツの児童文学者。長年教師をしながら童話を次々に発表する。代表作に「大どろぼうホッツェンプロッツ」「小さい魔女」「クラバート」など。本国ドイツをはじめ世界各国で多くの文学賞を受賞している。
<中村浩三>
中村 浩三(なかむら こうぞう、1917年(大正6年)7月10日~ 2008年(平成20年))は、日本のドイツ文学者、翻訳家、早稲田大学名誉教授。 島根県生まれ。1944年早稲田大学文学部独文科卒。早稲田高等学校講師、1951年早大理工学部助教授、57年教授、68 ~74年語学教育研究所長、88年定年退任、名誉教授。1991年「少年ルーカスの遠い旅」で産経児童出版文化賞受賞。ドイツの児童文学を多く訳し、「大どろぼうホッツェンプロッツ」三部作がロングセラーとなっている。
本日は、ドイツのファンタジーのご紹介。ドイツといえば、ルナ・ヘンドリックス選手、世界選手権の銀メダルおめでとうございます!(い、いきなり?)
と、いうわけで(どういうわけよ……)
ドイツの児童小説作家プロイスラーの名作「クラバート」。原題は KRABT. ドイツでの初版は1971年。日本語版の初版は1980年です。2008年10月にドイツで「クラバート 闇の魔術学校」として映画化されています。
日本では、あの、スタジオジブリの名作アニメーション「千と千尋の神隠し」(2001年)の源流と言われている児童文学です。
ひょんなことから不思議な場所に迷い込み、働くことになり、最終的にそこのあるじと戦い、脱出するという全体的な流れと、ラストでブタになった両親がどれか選ばされるシーンなどが影響をうけているようです。
ストーリーは……
貧しい孤児の少年、クラバートは不思議な夢に誘われて、水車場の粉引きの親方のもとで働くことになる。
実は、親方は魔術の使い手で、クラバートたち12人の粉引き少年たちはそこで週に一度、魔術の授業をうけることになった。
最初は、飢えない暮らし、安定した生活に満足していたクラバートだったが、やがて、その水車場は魔術結界によって外界と隔絶されており、粉引き少年たちは逃げ出せない状況にあることに気づく。
そして水車場で生活をはじめて三年後、愛する少女と出会ったクラバートは、親方と命をかけて対決することになるのだった。
……と、いうのがあらすじ。
これは、もともとはドイツのラウジッツ地方に伝わる「クラバート伝説」をもとにして書かれた小説です。
おおまかな筋は「貧しく生まれ、生活の安定と豊かな暮らしを求めて魔術を使う親方のもとで働いていた少年が、その邪悪な力に巻き込まれるが、やがて大切な友だちと愛する人のために、自分自身の人生を取り戻す」と言うお話。
現代の感覚で読むと、親方の水車小屋は典型的なブラック企業で、魔術を使うことからさらに怪しい雰囲気に包まれています。また、最初はドイツ人の牧師に引き取られ、生活は保証されていたのに、堅苦しく窮屈な生活に耐えられず、飛び出してしまったことから、クラバートが優等生になれない少年だとわかります。
「いい子」になれなくて浮浪者として生きていた少年が、ブラック企業に閉じ込められ、強制的に働かされるうちに強く成長し、やがて職場の親方を倒すのでした。
ただ、それは一人の力で成し遂げるのではなく、そこで働く先輩たちや友達との友情、そして、恋人である少女の命をかけた信頼が助けてくれたのです。
プロイスラーはチェコ出身のドイツの作家ですが、この作品を読むと、根底に流れる「独裁者と戦争」に対する批判と、「自分の意思で自分の人生を決める」幸せについて、あらためて考えさせられます。
クラバートは、親方のもとでそこそこ安定した暮らしを手に入れます。そして、親方の強力な魔法は、王族をひざまずかせるほどの力であると知らされ、一時は魔法に対しても大きな憧れをいだきます。しかし、それは「自分の人生を自分の意思で決める」と言う、人間にとって最も大切なものとの引き換えでした。
映画「千と千尋の神隠し」では、主人公の千尋は飽食の時代の、ちょっと無気力な女の子。そんな彼女が湯屋で働くうちに生きる気力を取り戻してゆくお話でした。
この「クラバート」では、貧しい時代の物語だったこともあり、主人公の少年クラバートは「生きる」ことへの強い渇望があるだけの、荒削りで未熟な少年です。
教えられるだけでは礼儀作法も道徳も身につかなかった少年は、苦しい仕事場で同じ境遇の少年たちと助け合って生きているうちに、人を助けること、思いやること、そして自分以外の人のために怒ったりすること━義憤━すら学び、最後は利他の心で親方に打ち勝つのでした。
ラストは、くどくどと書かれておらず、すっきりとした結末。
三年間にわたる少年の魂の道のりを描いた大長編なのですが、この終わり方が、かえってしみじみとした余韻に満ちていてすばらしい。
読んだ後、長い長い旅をして戻って来た気持ちになります。
非常にボリュームのある長編小説です。小学校高学年から。小説を読み慣れたお子さま向きです。大人でももちろん楽しめます。
総ルビというわけではありませんが、振り仮名が丁寧にふられているので、賢い子なら小学校中学年からでも、コツコツ読めば読めると思います。
哲学的なメッセージも多く、ドイツのファンタジーらしい、すべての種明かしをしない独特の世界観があります。ミヒャエル・エンデやコルネーリア・フンケ、また斉藤洋先生のイェーデンシュタットシリーズが好きならぜひ。
また、魔法の学校というと「ゲド戦記」や「ハリー・ポッター」と通ずるところもあり、とくに「ゲド戦記」の第1巻に似た雰囲気もあります。魔法学校ものが好きな方にもおすすめです。
多くの作家に影響を与えた、ドイツの古典名作です。
まだの方は、この機会にぜひどうぞ。
繊細な方へ(HSPのためのブックガイド)
暴力シーンも人が死ぬ場面もありますが、気をつけて書かれているので、それほど残酷というわけではありません。
ただ、過酷な職場の辛い描写はあります。「そういうシーンがあるのだな」と知っていれば読める、と言う方にはおすすめします。
すべてのシーンには意味があり、HSPやHSCの方のほうが多くのメッセージを受け取れると思います。とても学ぶことが多く、心に残る物語です。
読後は、プレッツェルとホットチョコレートでひとやすみ。
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