【嘘の木】嘘を食べて育ち、真実の実をつける木をめぐる陰謀。めくるめくミステリアスなダークファンタジー。【中学生以上】

2024年3月30日

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嘘の木 フランシス・ハーディング/作 児玉敦子/訳 牧野千穂/装画  東京創元社

高名な博物学者サンダリー師による世紀の発見、「翼ある人類」の化石。それが捏造であると言う噂が流れ、一家はヴェイン島へと移住する。しかし、噂は島へと追いかけてきて、サンダリー師は死亡。自殺との疑いをかけられる。自殺は大罪で、埋葬もしてもらえない。娘のフェイスは父の死の謎を解くべく、立ち向かうが……

この本のイメージ  ダークファンタジー☆☆☆☆☆ 女性の強さ☆☆☆☆☆ ハッピーエンド☆☆☆☆☆

嘘の木 フランシス・ハーディング/作 児玉敦子/訳 牧野千穂/装画  東京創元社

<フランシス・ハーディング>
英国ケント州生まれ。オックスフォード大学卒業後、2005年に発表したデビュー作Fly By Nightでブランフォード・ボウズ賞を受賞。2014年、Cuckoo Songは、英国幻想文学大賞を受賞し、カーネギー賞の最終候補になった。そして2015年、七作目にあたるThe Lie Treeでコスタ賞(旧ウィットブレッド賞)の児童文学部門、さらに同賞の全部門を通しての大賞に選ばれるという快挙を成し遂げ、米国のボストングローブ・ホーンブック賞も受賞、カーネギー賞の最終候補にもなった

<児玉敦子>
東京都生まれ。国際基督教大学教養学部社会科学科卒。英米文学翻訳家。

 初読です。
 原題は THE LIE TREE.イギリスでの初版は2015年。日本での初版は2017年。文庫版が2022年5月です。

 ここ1ヶ月くらいのなかで1番面白い小説だったかもしれません。
 「嘘の木」と言う架空の木をめぐる陰謀と冒険を描いたファンタジーです。

 お話は……

 ダーウィンが「種の起源」を発表した直後のイギリス。

 高名な博物学者、サンダリー師の世紀の大発見「翼ある人類」の化石が捏造だと言う噂が流れ、一家は逃げるようにヴェイン島に移住します。しかし、その島にも噂は追いかけてきて、誹謗中傷に苦しむなか、サンダリー師は謎の死を遂げます。

 崖から転落したサンダリー師は自殺の疑いをかけられますが、この時代、自殺は大罪でした。自殺と断定されれば財産は没収、葬儀も行われず正式な埋葬もしてもらえません。

 父の死に疑惑を感じた14歳の娘フェイスは、この謎に立ち向かうことを決意、たった一人で調査を始めます。そんななか、彼女は父の研究と、彼が抱えていた大いなる秘密に出会うのでした。

 それは、人の嘘を養分にして成長し、真実を見せる実をつける「嘘の木」。

 フェイスはこの木の能力を使って、父の死の真相を暴こうとします……

 ……と、いうのがあらすじ。

 架空の植物をめぐる、奇想天外なダークファンタジー。こういうの、わたしたち世代にはたまらないんですよ。昔の美内すずえ先生曽祢まさこ先生のファンタジーに似たテイストだといえば、同世代の方はおわかりいただけるのではないでしょうか。(古い)

 昔の少女漫画は翻訳小説がベースになっていたりしたので、その影響で、翻訳ファンタジーを読むとある年齢以上の女性層は「なつかしい少女漫画」のような気持ちになって、問答無用で惹きこまれます。

 しかし、この「嘘の木」は、ただの児童向けファンタジーではありません。
 19世紀の女性たちが背負っていた数々の偏見や苦しみ、それに立ち向かい強く生きてゆく彼女たちの知恵とバイタリティについても描かれており、それが作品の輝きとなっているのです。

 「ダーウィンと出会った夏」や、「ライトニング・メアリ」を読んで惹かれた方ならおすすめです。「ダーウィンと出会った夏」は少女の自己実現の物語ですし「ライトニング・メアリ」は歴史上の人物をモデルにしたストーリーで、どちらもファンタジーではありませんが、根底には共通するものが流れています。

 博物学者の父サンダリー師と一緒に発掘に出て博物学を学びたいと熱望するフェイスは、祖父と森に出て植物を採取する「ダーウィンと出会った夏」のキャルパーニアを思いおこさせます。

 しかし、フェイスの父サンダリー師はキャルパーニアのおじいちゃんとは違い、フェイスをなかなか認めてくれない人でした。 

ここからネタバレ 平気な方だけクリック

「子どもはみな、家や服や食事を親から借りて人生をはじめるのだ。息子はいずれ名を上げて富を築き、その借りを返してくれるかもしれない。だが、娘であるおまえには、絶対にそんなときは訪れない。軍務につく名誉もなければ、科学の分野でひとかどの人物になることも、教会や議会で名を上げることもなく、なんらかの職業で身を立てることもないのだ。ハワードをずいぶんばかにしているが、もし結婚しなかったら、いずれはあれの情けにすがるしかない。でなければ、路頭に迷うのだから。」(引用p108)

 いやもう、グサグサと心に刺さる言葉です。
 令和の若い方々にとっては「こんな時代もあったのか」と言うような言葉だと思いますが、ついこのあいだまでこんな時代だったんですよ。わたしの一代前、親世代はこういう認識でしたし、その世代が現役だった時代は長いので、このむちゃくちゃな理屈が一般的な考えとして浸透していた時代が長かったのです。

 フェイスは、最期まで振り向いてくれなかった父親のために、彼女の知恵を駆使して「嘘の木」を使い、彼の死の真相を解き明かします。

 その過程で数々の理不尽な目に遭いますが、彼女は知恵と忍耐でうまく状況を利用し、立ち回り、乗り越えてゆきます。このあたりも、物語の読みどころ。

 たとえば、医師のジャックラーズ氏。彼は「頭蓋骨の大きさと知性は比例する」と言う独自の学説を提唱していました。脳が大きいほうが優秀だと言うのです。
 つまり、男性より頭蓋骨が小さい女性は、男性より脳が小さいので知性が劣っていると言う持論なのでした。

 こういうトンデモ理論を真顔で主張する男たちが集う環境で、フェイスは無邪気な子どもを演じて発掘現場に潜入し、父の関係者から情報を得ることに成功します。

 やがてフェイスは、この理不尽で残酷な世界で脚光を浴びることなく生きる女性たちが、それぞれに彼女たちの持てる力を駆使して、たくましく生きていることに気づくのです。
 
 この謎めいた事件がどう解決するのかは、読んでみてのお楽しみ。
 前半は謎また謎のミステリー、後半はジェットコースターのような疾走感あふれる展開で一気にラストまで連れてゆかれます。

 漢字に振り仮名がほとんどふってないので、中学生から。主人公のフェイスが14歳なので、だいたいそれくらいが対象年齢だと思われます。

 ダイアナ・ウィン・ジョーンズ作品やジュディス・ロッセルの「ステラ・モンゴメリーの冒険」など、女性が強いファンタジーがお好きならおすすめ。
 ファンタジーであり、ミステリーでもあるので「ナンシー・ドルーミステリ」が好きならこれも好きかも。

 フランシス・ハーディングはイギリスではすでに数々の名作を生み出している有名ファンタジー作家のようです。これは、ほかの作品も読んでみなくちゃ! 

※この本は電子書籍もあります。

繊細な方へ(HSPのためのブックガイド)

 ダークなファンタジーで、人も死にます。しかし、気をつけて書かれており、さほど残酷なシーンはありません。謎解きファンタジーですが、女の子の自己実現の物語でもあるため、少女の自己実現ストーリーが好きな人にはおすすめです。

 主人公がリケジョなので、算数や理科が好きな女の子はより楽しめるかも。

 ものすごく集中力を持っていかれるお話なので、読後は濃く淹れた熱いミルクティーとパウンドケーキでほっとひと休みしましょう。

 

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