【千に染める古の色】自分らしく生きる。平安乙女の自己実現物語。【中学生以上】

2024年4月1日

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千に染める古の色  久保田香里/作 紫昏たう/絵 アリス館

平安の姫、千古は十三歳。裳着(成人の儀式)が近く、外出は禁じられていました。親の言いつけ通り生きる日々。幸せだけれど疑問もある。でも、あるとき、染色の魅力に気づき、自分で布を染めてみたくなります…… 

この本のイメージ 平安乙女☆☆☆☆☆ 少女の自己実現☆☆☆☆☆ 和の配色☆☆☆☆☆

千に染める古の色  久保田香里/作 紫昏たう/絵 アリス館

<久保田香里>
岐阜県に生まれる。現在は長野県に在住。
第3回ジュニア冒険小説大賞に応募。「青き竜の伝説」大賞受賞。作品は岩崎書店より刊行。「氷石」で第38回児童文芸新人賞受賞。ほかに「緑瑠璃の鞠」「駅鈴」「根の国物語」「天からの神火」などを刊行。

<紫昏たう>
「しぐれたう」と読む。「記憶に触れる和の世界」をテーマに、アナログで制作するイラストレーター。

 「きつねの橋」の久保田香里先生の新作です。初版は2022年9月。「きつねの橋」の時代からすこし下って、藤原道長全盛期のお話となります。

 お話は……

 千古(ちふる)は十三歳。もうすぐ成人の儀式である裳着(もぎ)をむかえることになります。
 そのため、外出をひかえるようにいいわたされ、部屋のなかで作法や歌などを学ぶ日々。自分が成人して、結婚するなど実感がなく、気がふさぎ気味です。

 そんなとき、千古は染色に出会います。いままで自分が身につけていた着物がどのようにつくり上げられるのかを知った千古は、色と染色の世界の魅力に惹かれてゆきます……

 ……というのがあらすじ。

 令和らしい、ある意味挑戦的なお話です。
 このような作品を、児童文学で読める時代になったのがすばらしい。

 ネタバレしていいのかどうかわからないのですが、この物語は恋愛ものではありません。
 平安時代のお姫様ときて、恋愛がからまないのはかなり斬新です。あの時代のお姫様のお仕事というのは、基本的に美しく装い、和歌を詠み、公達たちと恋文をやりとりすることでした。

 平安時代は姫のもとへ男性が通うことで成立する「通い婚」であり、貴族の家はたいてい政略結婚であったことから、文を書くことも歌を詠むことも貴族の姫の大切なお仕事でした。

 このような窮屈な時代に、自由に恋をするラブストーリー……というのは、従来型の女の子向けとしてはむしろよくあるお話。想像がつくお話です。

 ここへ、「女の子の自己実現」を持ってくるあたり、たおやかながら骨太のストーリー。

 わたしの若い頃、女の子向けの漫画や小説というのは、とにかくもう恋愛要素必須という感じでした。これは当時の業界的に逃れられない要素だったようです。

 学園恋愛物花盛りの頃に娘時代をすごしたSFやファンタジー好きのわたしは、そんななかで「ちょっと違う」お話を探し出して読み漁っていました。

 「赤毛のアン」「あしながおじさん」などの少女小説にはたしかに恋愛要素は登場しますが、そこがメインストーリーではないのです。女の子が自分の生きがいを見つけて、どのように自己を確立してゆくのかが丁寧に描かれています。

 ただ、逆にやはり「少女の自己実現」をメインテーマにするのは商業的に難しかったらしく、どうしても恋愛要素をいれて盛り上げないといけない制約はあったのではないかと思います。

 わたしの大好きな「ガラスの仮面」などは、主人公の北島マヤに影響を与えるのは常に師匠の月影先生とライバルの亜弓さん。マヤはすがすがしいほどに自分の情熱によってのみ突き動かされており、このお話、恋愛がなくても物語は成立するのじゃないかと思うのですが、ちょいちょい、思い出したように恋愛要員のキャラクターが登場したりするので、もしかしてご苦労があったのかもしれません。

 そんな、目に見えない窮屈さがあった時代から、だんだんと見えない縛りが解きほぐされてきたような。
 読んでいて、力強い時代の流れを感じられる物語でもあります。

 親のいいつけをよく守り、名家の姫として生きてきた千古。女童(めのわらわ)の小鈴には「小野宮の姫君に思うようにならぬことはない」とまで言われますが、本人は思うようにならないことだらけ。

 「かぐや姫」とまで呼ばれ慈しまれる美しい姫君の千古が、「思うようになる」のは決められた姫君としてのふるまいの範疇でだけ。そこから一歩もはみ出すことができません。外から見えている様子と、本人の意識には大きな隔たりがありました。

 昔話の「かぐや姫」の解釈でも、男女で大きな違いがあるようです。男性が読むと、わがままな美女が五人の男性に無理難題を言って困らせているように思う。
 でも、女性が読むとあれは「女性からはバッサリ拒絶することができない立場の差があるので、苦肉の策で必死に断っている」と感じる。

 高畑勲監督の「かぐや姫の物語」を見て泣くのは女性ばかりだそう。男性は案外、女性の「かぐや姫かわいそう」という気持ちはわからないようで、「なんで泣くのかな」とまで思うらしいです。そんなものなのかもしれません。

 この物語の「かぐや姫」千古は、「染色」と言う、自分だけの心踊る世界を見つけます。

 色の美しさを愛で、自然の草木の中から色を発見し、染め、織り上げる……。誰かに見せて賞賛されるためではなく、自分の内側の世界を充実させる喜びです。

 千古が源氏物語の登場人物が着るかさねを再現し、女童たちや女房たちに着せて楽しむ様子は、今で言うコスプレみたいですね。公達にみせるためではなく、自分たちのために装う。

 誰かに見せ、褒めてもらうためのおしゃれではなく、自分が楽しむためのおしゃれ……今、話題の言葉、「自分軸」です。

 物語は序章と十六の章で構成されており、それぞれに日本の染色に使う草花の名前がついていて、その下にかさねの色あわせが印刷されています。なんという手の込んだ装丁!

 あでやかな色彩を想像しながら読むのが楽しい物語です。あえてひらがな多く熟語などは極力使わずに書かれており、平安乙女のたおやかな雰囲気を楽しむことができます。

  これから千古はどんな姫になるのでしょうか。これで完結でもすばらしいですし、平安のファッションリーダーとなった千古が活躍する続編があっても楽しそうです。

繊細な方へ(HSPのためのブックガイド)

 ネガティブな要素はありません。
 平安時代の姫が、自分だけの心踊る世界を見つける自己実現ストーリーです。色彩やファッションが大好きな女の子に。ひらがなが多いので賢い子なら小学校高学年から読めます。

 2024年の大河ドラマは「紫式部」なので、予習をかねて読んでみてはいかがでしょう。

 

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