【虹の谷のアン】赤毛のアンシリーズ7作目。虹の谷の子どもたちの物語。【赤毛のアンシリーズ】【中学生以上】
アンが暮らすグレン・セント・メアリ村に新しい牧師様一家がやってきました。男やもめだけとハンサムなメレディス牧師と、4人の子どもたちジェリーことジェラルド、フェイス、ウーナ、カールことトーマス・カーライルです。
アンの子どもたちと牧師館の子どもたちは虹の谷と名づけた美しい場所で楽しい子ども時代をすごすのでした……
この本のイメージ 牧師館の子どもたち☆☆☆☆☆ 大人のロマンスもあり☆☆☆☆☆ ハッピーエンド☆☆☆☆☆
虹の谷のアン モンゴメリ/作 松本侑子/新訳 文春文庫
<モンゴメリ>
ルーシー・モード・モンゴメリ(Lucy Maud Montgomery、1874年11月30日 ~1942年4月24日)はカナダの小説家。「赤毛のアン」の作者であり、本作を第一作とする連作シリーズ「アン・ブックス」で知られている。国際的に親しまれる英系カナダ文学の草分け的人物であり、日本で訳書が出版された最初のカナダ文学者。(Wikipediaより)
<松本侑子>
松本侑子(まつもと・ゆうこ)作家・翻訳家。島根県出雲市生まれ、筑波大学社会学類卒、政治学専攻。1987年、「巨食症の明けない夜明け」ですばる文学賞を受賞して作家デビュー。訳書に、シェイクスピア劇やアーサー王伝説などの英米文学と聖書からの引用を海外の図書館で多数解明して解説した日本初の全文訳・訳註付「赤毛のアン」シリーズ(文春文庫)が刊行中。
アンブックス7冊目「虹の谷のアン」です。原題はRainbow Valley.原書初版は1919年。日本語版は村岡花子版(改訂版)が、2008年、松本侑子全訳版が2022年11月初版です。
今回は、松本侑子版で読みました。
「赤毛のアン」は、主人公アン・シャーリーの成長物語で、どこから読んでも楽しく読めるものの、アンの人生を時系列に追ったほうがわかりやすいので、まずは「赤毛のアン」からお読みください。
「赤毛のアン」のレビューはこちら↓
41歳になったアンは、時々登場する頼りになる年長の賢者役で、今回の主役たちはグレン・セント・メアリ村に引っ越してきた牧師館の子どもたちです。
新しい牧師さま、ジョン・メレディスは美男子だけどいつも考え事ばかりしているすこしぼーっとした男やもめです。亡き妻が残した4人の子どもと、亡き妻が行く末を心配していたお手伝いのおばあさんと六人で暮らしていますが、このお手伝いさんの家事能力が壊滅的で、一家は掃除も繕い物も行き届かず、味は最悪の食事をする日々。
けれど、頭の中は考え事でいっぱいのメレディス牧師はそれに気がつきません。(いるいる、こう言う人。卵のかわりに時計ゆでちゃうタイプ)
そんな家庭環境ですが、4人の子どもたちは元気いっぱい。
アンの子どもたちと一緒に「虹の谷」で仲良く遊んでいます。
長男はしっかりもののジェリー、長女は楽天家のフェイス、次女は気弱なウーナ、次男は昆虫が大好きなカール。
ある日、四人は、近所の納屋の二階で眠っている、身寄りのない女の子メアリ・ヴァンスを助けます。
グレン・セント・メアリ村の大人たちは、この子どもたちとも出会いで、大きく変わろうとしていました……
……と、いうのがあらすじ。
今回のお話は、牧師館の子どもたちとアンの子どもたちとの交流と、新しい牧師様ジョン・メレディスとその周囲の人々のロマンスが並行して描かれます。
「赤毛のアン」では、マリラのために自分の進路をいったんはあきらめたアンでしたが、その後のシリーズにおいて、「誰かの幸せのために自分の幸せをあきらめる」と言う選択は、極力ないようなつくりになっています。
作者のモンゴメリは、牧師夫人だったため、様々な人のトラブルや悩みに触れる機会が多く、何か想うところがあったのかもしれません。
「アンの愛情」ではアンがわずらわしい縁談に降り舞わされる様子が描かれていますが、今回も大人の恋愛とそれにまつわる老後問題などが描かれており、昔の恋愛や結婚についての事情をうかがい知ることが出来ます。
モンゴメリが時々この手の恋愛話のなかにぶっこんでくる「女は男の求婚を断ると、自分を評価してくれた男友達を失う」と言う悩み、ドラマチックなラブストーリーにカモフラージュされていますがモンゴメリ本人が感じていた世の中の理不尽なのじゃないかなと思います。
この悩みに直面するのは、大学で首席をとり、勉学にいそしんでいる時代のアンだったり、女だてらに勉学が好きで世界情勢や歴史について男性と議論したがるエレンだったりするのも、うなずけます。
1900年代のカナダという設定なので、アンは都会でバリバリ働くキャリアウーマンにはならないし、エレンも丘の上の家から出て外の世界で事業をしたりはしません。しかし、彼女たちはそれが充分にできる知性と教養があるし、その部分はいつも認めてもらいたいと思っています。
幸運にもアンは、プライベートにおいても彼女のすぐれた知性を認めてもらえる人と結婚し、本人も専業主婦であることを幸せに感じている女性ですが、この作品に登場する一見いじわるなオールドミスにも見えるエレンの生きづらさ、微妙な気持ちの本質は恋愛がらみの場所にはないのではないかと思ったりもしました。
モンゴメリの作品は、ところどころで語られる女性の窮屈さについての肌感覚がリアルなのです。
また、子どもたちパートの物語も魅力的です。
子ども好きだったのであろうモンゴメリの子どもたちの描写は生き生きとしていて、虹の谷ではしゃぐ楽しげな声が聞こえてくるかのよう。
今回のヒロインは牧師館の長女のフェイス。
子どもの頃のアンのようなフェイスの勇気と行動力は、古いしきたりや噂話で硬直していたグレン・セント・メアリ村の大人たちの生活に風穴を開けてくれます。
面白いのは、孤児だったメアリ・ヴァンスです。
彼女は牧師館の子どもたちに助けられ、グレン・セント・メアリ村のとある人物に引き取られて豊かに暮らせるようになりました。
孤児時代は引き取り手にひどい虐待をうけ、負けん気だけを頼りになりふり構わず必死で生き延びてきたメアリでしたが、グレン・セント・メアリ村で暮らすようになってからは、一般常識を学び「良い子」になるよう努力するあまりに、自分の恩人であるはずの牧師館の子どもたちに口うるさく「常識」と「村の人々の評判」をズケズケと伝えにくると言う、なかなかパンチのある役どころになります。
最初は「命を助けてもらいながら、この子はどうしてこんな嫌味なことを言いにくるのだろう」と思ったのですが、よくよく考えてみたら、メアリの口調も行動も、「すごくオバチャンぽい」んですね。
つまりは、「あの人」の真似なのだ……と気づいたときにすべてが腑に落ち、爆笑してしまいました。
メアリは自分をどん底から救い出してくれ、いい暮らしをさせてくれる村の善良なオバチャンたちを心から尊敬しているのです。だから、彼らのようになるのが「正しい」と信じ、まったく同じことをしてしまう。なんてかわいいんでしょう。
モンゴメリはすべてのキャラクターを愛情をもって描いており、それは主人公のアンの人生観でもあります。
この作品のなかでアンは、「他人の欠点をほじくり出すのではなく、美点に目を向けてそれをともに称えあうべき」と提案しますが、それは、アンシリーズのなかで貫かれているひとつのテーマです。
読み応えがあり、そして、読むといつも幸せな気持ちになるアンシリーズ。
これから、アンたちを取り巻く世界情勢は厳しく辛いものになりますが、その直前の、楽園のような時間が少しでも長く続きますように。
アンシリーズもあと少しとなり、さみしい気持ちもありますが、最後まで見届けるつもりです。
繊細な方へ(HSPのためのブックガイド)
ネガティブな要素はありません。
いつものように日常を大切にした、細やかな物語です。
田舎の古臭い、噂だらけの村の窮屈さに小さな子どもたちが行動力で風穴を開けるストーリーで、最終的にやんちゃな子どもたちを認める大人たちの人情も描かれていてとてもさわやかです。
牧師館の子どもたちが生き生きとして可愛らしく、「宝さがしの子どもたち」や「バレエシューズ」など、子どもたちががんばるお話が好きな人には、おすすめ。
読後は、素朴なクッキーとミルクティーでひと休みしましょう。
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