【影を呑んだ少女】鬼才フランシス・ハーディングがおくる、波乱万丈の歴史ファンタジー。【中学生以上】

2024年4月7日

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影を呑んだ少女 フランシス・ハーディング/作 児玉敦子/訳 牧野千穂/装画  東京創元社

メイクピースは母と奇妙な二人暮らしをしていた。母は定期的に彼女に謎めいた「修行」をさせるのだ。ピューリタン革命の嵐の中、母を失ったメイクピースは父の城グライズヘイズにむかうこととなる。一族のおそろしい罠が待ち受けているとも知らずに……

この本のイメージ ファンタジー☆☆☆☆☆ 歴史ミステリー☆☆☆☆☆ ゴシックホラー☆☆☆☆☆

影を呑んだ少女 フランシス・ハーディング/作 児玉敦子/訳 牧野千穂/装画  東京創元社

<フランシス・ハーディング>
英国ケント州生まれ。オックスフォード大学卒業後、2005年に発表したデビュー作Fly By Nightでブランフォード・ボウズ賞を受賞。2014年、Cuckoo Song(「カッコーの歌」)は、英国幻想文学大賞を受賞し、カーネギー賞の最終候補になった。そして2015年、七作目にあたるThe Lie Tree(「嘘の木」)でコスタ賞(旧ウィットブレッド賞)の児童文学部門、さらに同賞の全部門を通しての大賞に選ばれるという快挙を成し遂げ、米国のボストングローブ・ホーンブック賞も受賞、カーネギー賞の最終候補にもなった。

<児玉敦子>
東京都生まれ。国際基督教大学教養学部社会科学科卒。英米文学翻訳家。

 原題はA Skinful of Shadows. イギリスでの初版は2017年。日本での初版は2020年です。

 お話は……

 メイクピース・ライトフットは母マーガレットと奇妙な二人暮らしをしていた。
 母はメイクピースを夜墓場につれて行き、一晩すごさせると言う謎の「修行」をほどこしており、メイクピースはその恐怖に満ちた日々から逃げ出したいと願っていた。

 ピューリタン革命の嵐のさなか母が暴徒に巻き込まれて命を落とした後、メイクピースは貴族である故ピーター・フェルモットの庶子であると判明し、父の実家であるグライズヘイズ城に引き取られる。

 しかし、フェルモット一族にはおそろしい秘密があった。それは、一族の血を引くものは死者の霊を体内に取り込むことができ、彼らの知識や技術を継承できるということ。
 つまり、子孫の身体を器として、先祖の強力な霊たちが永遠に行き続けている一族なのだ。

 正統な後継者の「スペア」として引き取られたのだと気づいたメイクピースと、同じく庶子で腹違いの兄ジェイムズはこの恐ろしい城から逃げ出そうと試みるが……

 ……と、いうのがあらすじ。

 「嘘の木」があまりにも面白かったので大ファンになり読み始めたフランシス・ハーディング。今回は歴史ファンタジー。フェルモット一族と言う特殊な能力を持つ一族とヒロインのメイクピースと戦いが王党派と議会派の戦いに絡んで展開します。

 メイクピースの能力の謎解きから始まって、何度もどんでん返しがあり、大河ロマンのような壮大さ。

 「嘘の木」「カッコーの歌」、そしてこの「影を呑んだ少女」もヒロインの年齢がだいたい13歳前後であることから、おそらくは児童小説のジャンルにはいるのでしょう。

 それぞれのお話に共通するのは、一見弱そうに見えるヒロインでも打たれ強く粘り強く困難に立ち向かい、知恵と勇気で乗り越えてゆくところ。そして、驚くべきことに彼女を都合よく助けるイケメンヒーローやそれにまつわる恋愛要素などがひとつもないところです。

 それぞれのヒロインは、どんな理不尽にもくじけずに戦う強い意志があります。
 彼女たちの困難に立ち向かう原動力は、謎を解きたいという強い気持ちだったり自分の人生を生きたいと言う気持ちだったりと様々ですが、けっして恋愛感情を杖にして立とうとしないところがすがすがしく、頼もしいのです。

 今回はメイクピースが思慕をよせる相手として腹違いの兄ジェイムズが登場。
 物語的には彼を兄にする必要性はなく、従従兄妹や又従兄妹なら恋愛要素を入れられるのに潔く兄妹にしてしまうあたり「安易な恋愛物語で片付けないぞ」と言う強い意志を感じます。そう、これ……遠縁の幼馴染でも良いんですよね。しかし、あえての兄妹。

 だからと言って心の交流がないわけではなく、メイクピースは危機に陥った兄を全力で助けようとします。「兄を助けたい」と言う一途な気持ちだけが危機に立ち向かう勇気をふるい起こさせ、困難を乗り越えさせる。旅の途中で何度も裏切りに遭いながら。
 原動力がありきたりの恋愛感情でないだけに逆にメイクピースの純粋な想いが際立つのです。

 それにしてもフランシス・ハーディングのストーリーテリング能力と、彼女の自身の筆力への自信には読みながらうちのめされるレベル。
 だって、どう考えてもジェイムズをかっこいい又従兄妹にして、恋愛要素をいれたほうが簡単に盛り上がるじゃないですか。これ、日本の小説なら高確率で「恋愛関係にしてください」と出版社から言われる展開だと思います。
 普通なら、嫡男のシモンドを片思いの相手にして三角関係にするとか……。ねえ?

 そういうありきたりな展開がすがすがしいほどいっさいないのです。だからといって、つまらないかと言ったらとんでもない!
 いままでの「パターン」では予想することができない、予測不能な面白さ。

 特殊能力を使って支配力を増してゆくフェルモットの一族と、それに対抗して仲間を増やしてゆくメイクピース。
 縦のフェルモットと横のメイクピースの対比など、複雑なテーマがいくつも絡み合います。

 しかし、こんなダークで複雑怪奇なお話ですが、中盤からラストにむけては怒涛の展開で、最後は見事なハッピーエンド。
 史実も上手く絡み合っており、おそらくイギリス人なら日本の戦国ファンタジーを読んでいる気分で楽しめているのではないでしょうか。

 たいへんなボリュームで振り仮名もほとんどないので中学生から。けれど、小説を読み慣れたお子さまなら小学校高学年から挑戦してみてもいいと思います。鈍器になるレベルの分厚さですが、面白いのですいすい読めてしまいます。カタカナの固有名詞は覚えやすく、そんなに難しくありません。もちろん、大人にも超おすすめです。

 シニア女子、昔、美内すずえ先生や曽祢まさこ先生、萩尾望都先生、高階良子先生のダークファンタジーに夢中になった方々なら、絶対にはまるはず。
 あれです、あの雰囲気。(わかる人にだけ話しかけるなよ……)

 命とは何か、魂とは何か、人生とは何か、人間の意志とは何か、など多くの哲学的テーマもひそんでおり、何度読み返しても発見があるでしょう。

 「物語」を愛し、ファンタジーを愛するすべての方におすすめです!

 ※この本は電子書籍もあります。

繊細な方へ(HSPのためのブックガイド)

 戦乱のなかの物語ですが、暴力・流血シーンは気をつけて書かれているのでほとんど気になりません。

 命とは、魂とは、人生とは、人の意思とは、など、深いテーマが潜んでおり、読んだ人ひとりひとりがその人だけの解釈ができる面白さを秘めています。

 読後は、濃いミルクティーとクラシックなパイでティータイムがしたくなります。

 

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