【アトリと五人の王】五人の王に嫁いだ数奇な運命の姫の物語。エキゾチックな異世界ファンタジー【小学校高学年以上】

2024年3月28日

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アトリと五人の王  菅野雪虫/作  Pomodorosa/装画  中央公論新社

これは生涯で5回も結婚することになった姫君の物語。数えで9歳の初結婚から、8年で5回というのはあまりに多い。いったいどんな偶然で、5回も嫁ぐことになったのか。それは、読んでのお楽しみ。

この本のイメージ 異世界ファンタジー☆☆☆☆☆ アジアン☆☆☆☆☆ なんとラブ要素ゼロ☆☆☆☆☆

アトリと五人の王  菅野雪虫/作  Pomodorosa/装画  中央公論新社

<菅野雪虫>
1969年福島県飯館村生まれ。生後3か月で鹿島町(現南相馬市)に移る。2002年「橋の上の少年」で北日本文学賞、05年「ソニンと燕になった王子」で第46回講談社児童文学新人賞、同作を改題・加筆した「天山の巫女ソニン1 黄金の燕」で児童文学者協会新人賞受賞(

<Pomodorosa>
イラストレーター、音楽作家。
イラストでは装画やキャラクターデザイン、音楽ではCM等の映像音楽を主に手がける。2015年に自身初の商用画集となる「Music, Fashion and Girl」を一迅社より出版。

 2019年初版の、書き下ろしファンタジーです。
 菅野先生の作品を読むのはこれがはじめて。「アトリ」と言う鳥の名前のお姫様が主人公です。

 お話は……

 東の小国「東琴」(トゴン)の姫アトリは、生まれてすぐに母親を亡くし、継母に育てられました。継母にうとまれたアトリは、9歳で辺境の小国「柚記」(ユシロ)の寝たきりの王、月王に嫁がされてしまいます。

 しかし「柚記」の人々は幼いアトリをあたたかく迎えました。
 月王から多くのことを学んだアトリは精神的に成長しますが、病弱な月王とはほどなく別れの時が訪れ……

 そして、その後アトリは数奇な運命に導かれ、4度の結婚をすることになのです。

 ……と、いうのがあらすじ。

 これは、ひとりの少女の成長物語です。

 アトリは「東琴」の姫でしたが、継母である王妃にうとまれていたため、放置同然で育てられました。幼い頃のアトリは、自分にも他人にも関心が無く、自己評価が低く、人生になんの希望も抱いていませんでした。

 9歳になったアトリは、命じられるままに「柚記」に嫁ぎます。夫は、病で寝たきりの月王でした。

 しかし、聡明な月王は、まだ幼いアトリを不憫に思い、彼女のためにできるかぎりのことをしてやろうとします。

 「女の子が幸せになるために必要なのは、知識と常識と愛情」

 そう言って月王は、彼が授けられる限りの知識を与え、侍女からは常識を、そして従者エンジや「柚記」の子どもたちから愛情をいっぱいに注がれます。

 「東琴」では生きているのか死んでいるのかわからないような状態だったアトリは、「柚記」で生まれ変わったように生き生きと暮らすようになりました。

 幸せな時は短く、あっという間にアトリは夫を失います。しかし、月王が授けてくれた目に見えない大切なもののおかげで、彼女はその後の激動の人生を生き抜くことができるのでした。

 最初は生きる気力も無く、心の目を固く閉ざしていたアトリが、月王に出会ってぐんぐんと成長してゆきます。知らないことを知ること、学ぶことの楽しさを知り、困難に立ち向かう力を得て、やがて支えられるほうから支えるほうへと変化します。

 ひ弱だったアトリは、多くの人々から頼りにされる「アトリさま」になり、数奇な運命を乗り越えてゆくのでした。

 おそらく児童向けファンタジーだと思うのですが、読んでいてすがすがしいのは、アトリにからんだ恋愛要素がひとつもないこと。

 五人もの夫に嫁いだのですから、さぞかしモテモテ人生かと思いきや、最初の月王さまは寝たきり。
 そして、次の夫は少年王ですでに二人の妻がおり、彼が望んだのは同レベルの知識を持つ人との「会話」。

 そんなふうに、驚くほどラブ要素少なめでお話はすすみます。

 しかし、これが面白いのです。

 アトリは、自己評価が低いため自分は美しくないと思っていますが、実際は、他人から見るとそこそこかわいらしいようです。
 ただし、アトリが他人から評価されるとき、望まれるときは、いつもその賢さや洞察力、問題解決能力からであり、ここが女性読者としてはたまらない魅力に感じます。

 女性の持つ「内面の魅力」と言えば、たいていは思いやりや愛情深さ、清らかな心、と言うのがオーソドックスなお約束のところを「賢さ」。しかもアトリは学び続け向上し続ける女の子。

 わたしたちシニアオタクが若い頃夢中になった少女漫画に「王家の紋章」っていう大河長編漫画があります(恐ろしいことにまだ終わっていないらしい)。現代のアメリカの女の子キャロルが(現代と言っても漫画連載開始時なので、1970年代)古代エジプトにタイムスリップして、エジプトの王と恋に落ちると言うタイムトリップファンタジーです。

 キャロルはエジプトでは珍しい金髪と白い肌で、民から「ナイルの娘」と呼ばれるようになるのですが、彼女の最大の魅力は現代の知識に裏打ちされた賢さなのです。今では人気の、現代社会の科学知識によって異世界で無双するタイプのファンタジーのはしりだったと思います。(そろそろ「王家の紋章」から離れよう)

 少々脱線してしまいましたが、ようするに女の子は昔から「女の子が賢さで大活躍するお話」は大好きなのです。ナンシー・ドルーとかね。「赤毛のアン」のアン・シャーリーもそそっかしいドジっ子ですが、実は学校の成績は良く、かなり賢い子です。

 本が大好きになったアトリが、立派な図書室があるというだけで大嫌いな実家も耐えられるようになったりとか、本好きな人なら思わずうなずいてしまうシーンもあります。
 また、この物語には、アトリと対になる存在としてカティンという姫も登場しますが、彼女もびっくりするような大成長を遂げるのです。対抗馬のような形で登場した姫が、悪役ではないところも好き。

 読み始めたときの想像を大幅に裏切る物語ですが、読み終わったときにはすがすがしい風にそよがれるような爽快感を感じる見事なハッピーエンド。ラブ要素はほとんどないのに、これは素晴らしい。

 かなりのボリュームですが、文章のテンポがよく、リズミカルなのですいすい読めてしまいます。振り仮名は少なめなので小学校高学年から。大人が読んでも楽しめます。と、言うより、むしろ大人の女性が読むと、子どもとは別の意味で励まされたり、癒されたりするはず。

 誰かと勝ち負けを競うわけではない、純粋な「知への意欲」。そして、それが人を助け、自分を助け、人と人をつなぐ橋になる。アトリは恋や美貌ではなく、知恵と言う武器一つで、激動の運命に立ち向かいます。

 本が大好きな女性なら、夢中になることまちがいなし! 心躍る冒険物語です。

 ※この本には電子書籍もあります。

繊細な方へ(HSPのためのブックガイド)

 ネガティブな要素はそれほどありません。人が死んだり流血したりするシーンはありますが、配慮して書かれており、大丈夫だと思います。

 少女の自己実現の物語です。自己評価が皆無に近かった女の子が、自分を満たし、成長してゆくお話なのでセラピー要素もあります。
 小さなお子さまだけでなく、大人の女性にもおすすめです。

 

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