【保健室経由、かねやま本館。3】本当の自分にもどろう。 疲れた心を癒す学園ファンタジー【中学生以上】
いつも笑って、気遣って。不満もぐっと飲み込んで生きてきたムギだけど、もしかしたら限界が近かったのかも。そして、そのころ、「イケてる」自分をがんばっていたナリタクも……(保健室経由、かねやま本館。3 松素めぐり/作 おとないちあき/絵 講談社)
この本のイメージ 学園ファンタジー☆☆☆☆☆ 内省☆☆☆☆☆ ありのままの自分☆☆☆☆☆
保健室経由、かねやま本館。3 松素めぐり/作 おとないちあき/絵 講談社
<松素めぐり>
1985年生まれ。東京都出身。多摩美術大学美術学部絵画学科卒業。本シリーズ第1巻「保健室経由、かねやま本館。」で第60回講談社児童文学新人賞を受賞。「保健室経由、かねやま本館。」第1~3巻で第50回児童文芸新人賞を受賞。
<おとないちあき>
1988年生まれ。東京都在住。イラストレーター。書籍装画を中心に活動。
装画を手掛けた作品に、「君と漕ぐ」シリーズ(新潮社)、「溝猫長屋」シリーズ(講談社)、「鬼遊び」シリーズ(小峰書店)、「ソーリ! 」(くもん出版)、「さよならは明日の約束」(光文社)など
本日ご紹介するのは「保健室経由、かねやま本館。3」初版は2020年。第1巻は第60回講談社児童文学新人賞受賞作品で、シリーズ化されている人気作品です。
お話自体は一話完結でどこから読んでもわかるように書いてあるのですが、「かねやま本館」の基本設定や「規則」について詳しく書かれている第1巻からお読みになったほうがわかりやすいでしょう。
なんらかの形で学校での居場所を失った中学生が「かねやま本館」と言う湯治場で心を癒し、自分を取り戻すというファンタジーです。
第1巻のレビューはこちら↓
今回のお話は……
複雑な家庭事情から、争いごとを避けいつもニコニコしていることを心がけているムギ。孤独だった幼児期の反動で「イケてる」自分でいることにこだわるナリタク。
「かねやま本館」で出会ったふたりが導かれる湯は、男湯女湯のちがいがあるだけでどうやら毎回同じ湯のようです。
なにひとつ共通点がなさそうだったふたりは、少しずつ距離を縮め、自分と似たところがあると感じるようになり、ある約束をします。
ところが、ある日ムギは「かねやま本館」のルールを破ってしまい……
……と、いうのがあらすじ。
以前、別の記事でわたしの若い頃の「トイレグループ」の話を書いたことかあります。
小、中、高と学生時代、女子はトイレに複数で行くのが常でした。それがなんとなくの仲良しグループとして認識されていました。
もしかしたら今は「お弁当グループ」として存在しているのかも知れません。わたしの学生時代はお弁当の時間に机を移動させるのは禁止だったので、机をひっつけて複数でお弁当を食べることはあまりしませんでした。そのかわり、一緒にトイレに行くグループがあったのです。
この「トイレグループ」と言うのが、女の子が世の中に出て世間付き合いをするための最初のトレーニングみたいなもので、このグループに所属していないと、必要なプリントがいつ配られるとか、明日の体育が突然水泳から体育館に変更になったとか、こまごまとした情報が入って来にくくなり、いろいろと不便だったのです。
そんなのは教師がしっかりしろよという意見もあると思いますが、なかなか学校側も行き届かないところがあり、それをクラスメイト同士のコミュニケーションでカバーしていたのが現実でした。
ですから、「どこのグループにも属さない」と言うのは物理的な不便があり、なんとなくどこかに所属しなければならない雰囲気があったものです。
この「女子の横のお付き合い」と言う風習は、そのまま年齢を重ねて社会に出ても引き継がれ、会社の同僚同士、親戚やご近所の交流、ママ友グループなどでも行われています。
男性からは「女は大人になってもしょっちゅう友達同士でランチして長々とおしゃべりをしながら楽しく過ごしていていい気なもんだ」と見えると思いますが、これは女性たちが長い歴史の中で培ってきたサバイバル方法であり、実はただのんきにおいしいものを食べてダラダラすごしているわけではない緊張感があったりもするのでした。
それだけに、一緒にトイレに行くわけでも連れ立つ必要もないけれど、たまに会って深い趣味の話ができるような気心の知れた友だちは女子にとって貴重な存在です。賑やかにわいわいと楽しむグループランチよりも気の合う友と一緒に喫茶店ですごす沈黙の長いティータイムのほうがかけがえのないものだったり。
今回のお話の主人公ムギちゃんは、学生生活を生き抜くために「優しくて気遣いの出来る、争いが嫌いな目立たない女の子」であろうとします。そのベースには複雑な家庭事情があるのですが、とりあえずはムギちゃんのその生存戦略はいまのところはうまく機能していました。
けれど、心の中には少しずつ「無理」が蓄積し、今まで無視してきた「本当の自分」の悲鳴が無視できないものになってきていたのです。
「かねやま本館」に導かれたムギちゃんは、同じように本当の自分を押し殺して生きていたナリタクくんに出会います。
このふたりがどんなふうに今までの自分を超えてゆくのかは、読んでみてのお楽しみ。
女の子どうしのこのゆるやかなサバイバルグループについて、児童文学で真正面から取り組んだお話は珍しく、またムギちゃんの魂が癒されてゆく優しい展開には心が洗われる気持ちになります。
この手のお話は後味よく料理するのが難しいと思うのですが、とてもやさしいハッピーエンド。
ラストシーンは、もしかしたら小学生くらいだと物足りないかもしれませんが、この余韻のある終わり方は素敵。あえてこうしてくれて、ありがとうございます。
文章はかなり読みやすく、そこまでのボリュームはないのですが、主人公が中学生で漢字もわりとあることから中学生からがおすすめ。
しかし、一人称で書かれておりかなり読みやすいので賢い子なら小学校高学年から大丈夫です。もちろん、大人が読んでも楽しめます。
心がじんわり癒される、温泉ファンタジー。日々の友達付き合いに疲れたら、ちょっと一息つきたくなったなら、熱い三年番茶をお供に 不思議な温泉ファンタジー「保健室経由、かねやま本館。3」はいかがでしょう。
身体だけでなく心もほぐして元気になりましょう。
繊細な方へ(HSPのためのブックガイド)
ネガティブな要素はありません。内省と成長の物語です。
女の子のムギちゃんと男の子のナリタクくんのダブル主人公なので、男の子でも女の子でも楽しめます。
読後は、芋煮が食べたくなります。ご用意を。
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