【びりっかすの神様】クラスでビリをとったら何かが起きる?奇妙なおじさん妖精とぼくのファンタジー【小学校中学年以上】
始はお父さんを突然死でなくしたばかり。転校した新しいクラスは、ちょっと変わったきまりで席順を決めていました。成績順だったのです。戸惑う始の前に現れたのは、羽のある小さなおじさん……
この本のイメージ 不思議☆☆☆☆☆ 友情☆☆☆☆☆ 哲学☆☆☆☆☆
びりっかすの神様 岡田淳 偕成社文庫
<岡田淳>
日本の児童文学作家。著書『雨やどりはすべり台の下で』で産経児童出版文化賞を、『こそあどの森の物語』で野間児童文芸賞を受賞し国際アンデルセン賞の国際児童図書評議会(IBBY) オナーリストに選ばれた。翻訳家、挿絵・イラスト作家、エッセイストでもある。
自分の昔話で恐縮なんですが、高校一年くらいの頃、わたしの通っている学校が実験的に中間テストの順位をほとんど全員分廊下に貼りだしたことがあります。生徒にやる気を出させる意図があったのだと思います。
ただ、わたしの担任の先生は個人的にこれには反対していて、
「このど田舎の学校の小さなクラスの人数は、どの大学のどの学部の募集人数より少ない。理屈で考えたら、たとえクラスメイト全員が同じ大学の同じ学部を受験したとしても、点さえとれれば全員合格することは可能なわけだ。机を並べて一緒に勉強しているクラスメイトどうしで競い合う必要はない。みんなでがんばって、みんなで行きたい大学に合格すればいいんだ。
みんなで励ましあって、みんなで合格して、笑顔で卒業しよう」と、おっしゃいました。
さいわいにして「テストの順位貼り出し」制度は、その後中止になったのですが、先生のこの言葉はいまでも心に残っています。
「身近な人間と競争したほうが向上する」と言う考えは、学校でも塾でも職場でもわりとあって、その制度自体が良い結果をもたらすこともあるのでしょうが、狭いコミュニティで「共食い」のような現象を起こしてしまい、かえってよくない結果になってしまうことも往々にしてあります。
しかし、現実にそういう枠組みに放り込まれて息苦しくなってしまったとき、人はどうやって生きてゆけばいいのでしょうか。
ただひとつ確かなのは、「自分自身を破壊してしまうまで走り続けるべきじゃない」と言うこと。
始のお父さんはがんばってがんばってがんばり続けて、ある日突然倒れて死んでしまいました。それなのに、いまわの際に始に残した言葉は「がんばれ」でした。
でも、お母さんは始に言います。
「もし、がんばるっていうことがお父さんのように生きるっていうことだったら、……ひとに勝つことが、がんばるっていうことだったら、始、お母さんはあなたに、がんばってほしくなんかないのよ。」(引用 P11)
お母さんは泣いていました。
これは、そんな始が、新しいクラスで知り合った、小さなおじさん妖精「びりっかすの神様」と巻き起こした不思議な不思議な大冒険のお話です。
新しいクラスには奇妙なシステムがあって、テストの成績順に席が決まっていました。つまり、テストの点数は全員、返却されるときに公表され、席順を見れば成績が一目瞭然なのです。これは、授業参観の日には、後ろのほうの子はいたたまれないですね。
当然、成績順位の悪い子はいじめられたり、からかわれたりしていました。なんとなく、ぎすぎすした雰囲気が教室に漂っていたのです。
そんな教室で、テスト中にぼんやりしていた始は、羽のある小さなおじさんが飛んでいるのを目撃します。どうやら、このおじさん、テストの点数が最低点の子どものところに現れるらしいのです。
しかも、一度小さなおじさんを見ることが出来た子たちは、どうしてだか心の中で会話できるようになりました。もし最低点を取った子が二人なら、そのふたりは小さなおじさんを見ることができたうえに、テレパシーで会話できるようになるわけです。
最初に仲間になってくれたのは、それまで最下位だった、隣の席のみゆきでした。
始は、この奇妙な小さなおじさん「びりっかすの神様」を通じて友達が増えてゆきます。
さて、始たちと「びりっかすの神様」は、これからどうなってゆくのでしょうか。そして、すべてが競争と順位で判断されるこのクラスは、これからどうなってゆくのでしょうか。
それは、読んでみてのお楽しみ。あっと驚く、でも心温まるハッピーエンドです。
けっして「かけっこのときに手をつないでゴールする」話ではありません。がんばるときは本気で頑張るし、勝負すべきときは本気で勝負します。でも、むやみな競争や無駄な勝負はしない。
そして、始たちの成績は、「びりっかすの神様」と出会う前より、ずっと良くなっていたのです。
これ、1988年初版の物語なんですね。なんと30年以上昔です。時代としては、どちらかというとバブルの頃。
でも、ぜんぜん古くないどころか、今こそ必要だと感じます。学校で、町内で、職場で、息苦しくてつらい気持ちになってしまう方には、大人にも子どもにも読んでいただきたいお話です。そして、ちょっと一息ついていただけたら。
字は程よく大きく読みやすく、漢字にはふりがながふってあります。かしこい子なら小学校低学年から大丈夫。
びりっかすのおじさんが、すごくいい味出してるので、お父さんが読み聞かせするのにおすすめの本です。小さい頃、この本を読んでおけば、その後の人生で息苦しくなったときの「心の予防接種」になるかもしれません。
今はリモート業務なども増え、外出も控えている時期です。いままでのいろんなことを考え直し、新しい生活をするために試行錯誤が始まっています。
おうちで穏やかにすごす秋の時間に、肩の力を抜いて読んでみてくださいね。
繊細な方へ(HSPのためのブックガイド)
ネガティブな要素はほとんどありません。冒頭でお父さんが死んでしまいますが必要なシーンなので、そこさえ乗り越えられれば、とても励まされるお話です。HSPやHSCのための本と言ってもいいくらいです。
むやみな競争を否定してはいるけれど、「学ぶこと」や「がんばること」を否定しているわけではないので、さわやかです。努力や、努力のあとの達成感は物語の中にちゃんとあります。
独特の雰囲気をもった、ハートフルファンタジーです。週末の午後、ハーブティーなどをお供にぜひどうぞ。
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