【グリーンフィンガー】荒れた庭が再生するとき、少女の人生が動き始める。家族再生と自己実現の物語【約束の庭】【小学校高学年以上】
夜、寝る前にママが読んでくれる絵本は大好きだった。ページの下のくねくねした黒いものを気にしたことはなかったけれど。自分で本を読むときになってはじめて、くねくねしたものこそが大事なのだと気づいたのだ……
この本のイメージ 家族再生☆☆☆☆☆ 自己実現☆☆☆☆☆ ガーデニング☆☆☆☆☆
グリーンフィンガー 約束の庭 ポール・メイ/作 シャーン・ベイリー/絵 横山和江/訳 さ・え・ら書房
<ポール・メイ>
1953年、英国ロンドン生まれ。大学卒業後、さまざまな職業を経験したのち、教員として小学校に勤めるとともに、読書が不得意な子どもを長年指導した。はじめて書いた子ども向けの作品“Troublemakers”で、2000年度のブランフォード・ボウズ(BBA)賞にノミネートされ、その後、子ども向けの作品のほかフィクション、ノンフィクション作品を数多く手がける。「グリーンフィンガー 約束の庭」は、2002年度のカーネギー賞のロングリスト、2003年度のAskews Torchlight Children’s Book Awardのショートリストに選ばれている。ノーフォーク州在住
<シャーン・ベイリー>
英国ウェールズで生まれ育つ。ニューポートやウェールズ、ブライトンカレッジで美術を学ぶ。数多くの絵本を手がけている。同じく画家である夫とともに、英国バーケンヘッドに住む
<横山和江>
埼玉県生まれ。ソフトウェア関係の会社でシステム翻訳にたずさわり、退職後、児童文学の翻訳を学ぶ。海外児童書サークル「やまねこ翻訳クラブ」所属。
原題はGREEN FINGERS. イギリスでの初版は2002年。日本での初版は2009年です。
ストーリーは……
「字が読めない」ためにケイトは、ロンドンの学校に通い続けることができなくなり、片田舎のチャーチ・ファームに引っ越してきました。
けれども、ママはロンドンの仕事場に通うことになり、毎日家にいることはできません。パパは、慣れない生活でドジばかり。パパとママはいつも喧嘩しています。
そんなとき、ケイトはお隣のおじいさんウォルターと仲良くなり、園芸の魅力を知ります。
荒れ果てていた小さな家と庭は、昔ウォルターが住んでいたのでした。
ウォルターに教わりながら、草花の世話をし、庭を再生しようと決意するケイト。
そして……
……と、いうのがあらすじ。
ケイトは、どうしても字を読むことができません。模様のように見えてしまうのです。
そのうえ、かつて、まだまだ小さなときに、大好きな一冊の本を暗記するくらいまで読みこなせたとき、一般的な学習方法でなかったために、担任の先生にずるをしていると思われ、ひどく怒られたことがあり、完全に苦手意識に囚われていました。
ケイトは字が読めないことでからかわれ、ロンドンの学校には通えなくなったために、一家で田舎に引っ越してきたのです。
パパはあきらかに一般生活が難しいコンピューター技術者で、ママは仕事に生きがいを感じるキャリアウーマン。やんちゃな弟のマイクと、まだまだ小さなエミリー、そしてケイトの五人家族です。
ケイトの学習障害(おそらくは識字障害)を発端に、オークリー家は引越しを余儀なくされますが、最初はなにかもがうまく行かなくて家庭内は分裂してしまいます。
ママは「がんばれば」ケイトは字を読めるようになると思っており、学校の先生たちは諦めています。
ケイトは、どうにもならないことに苛立ち、あからさまに自分を見下す学校の先生たちに傷ついていました。
そんなケイトが出会ったのが、隣のウォルター老人と園芸でした。
わたしも、心が疲れたときは植物を育てます。
「少しずつしか育たない」「毎日世話が必要」「手間をかければこたえてくれる」ただし「思い通りにはならない」と言う園芸の特徴は、人生そのもののように感じるのです。
老いて身体が弱り様々なことが思い通りにならないウォルターと、文字の読めない苛立ちを抱えたケイトは、次第に心を通わせるようになりました。ふたりのあいだを文字が必要のない「植物」がつなげているのも印象的です。
園芸に夢中になるうちに、ケイトの読書能力にも変化がおとずれます。ケイトは本当は「字が読めない」のではなく、一般的な学習方法がそぐわなかっただけだとわかってきたのです。
もしかしら、本当にそういうケースも少なくないのかもしれません。
型にはまった従来型の「勉強」では、まったく成績が上がらなかったのに、独学で専門的な研究をやり遂げてしまう人や、発明品を生み出してしまう人などは、実際にいるからです。
ケイトの親友は、優秀すぎてクラスで浮いているルイーズ。お隣に住んでいるウォルターおじいさんの孫で、今は少し離れた近代的なお屋敷で暮らしています。
今、ケイトが暮らしているのは、昔ウォルターやルイーズが暮らしていた家なのでした。
ルイーズの家は、すべてのものにビニールカバーがついているぴかぴかの家。教育熱心で潔癖症のママが取り仕切っています。ルイーズはルイーズで息苦しく、ケイトと庭仕事することが楽しいのです。
ケイトとルイーズは、「庭」と出会うことで、それぞれ自分自身の本来の力を開花させてゆきます。
花が咲くようなハッピーエンド……というほど晴れ晴れとしたものではなく、植物の枯れてゆくさみしさや哀しみも含まれた、ちょっとビターなハッピー。
しかし、ままならないことに翻弄され、怒りと哀しみを抱えて必死で耐えていた女の子が、確かな足取りで前に向かって前進する、力強い物語でもあります。
ケイトも、ルイーズも、ケイトのママも、ケイトのパパも……一般常識という枠の中でままならない苦しみを抱えていた人々は、それぞれ自分の扉を開き、歩き始めます。それは、「ふつう」という枠組みには入らないかもれないけれど、それぞれが自分で見つけ、選んだ自分だけの「道」なのです。
文章は平易で読みやすく、難しい漢字には振り仮名が振ってありますが、総ルビではないので、小学校高学年から。ただし、読みやすいので賢い子なら中学年から読めます。
特殊な状況にある子の物語ではありながら、学習に対する子どもの普遍的な悩みも含まれています。
従来型の「古臭い」学習方法にこだわるあまり、ケイトを「何もできない」と決め付け教育放棄してしまう大人の先生たちと対比して、子どものマイクはあたりまえのようにコンピューターのスペルチェック機能をケイトに教えます。
イギリスで2002年に出版された本ですが、すでにその時代から「デジタルネイティブ」の持つ可能性について、作者は考えていたのかもしれません。
確かに、考えてみれば「できないことはハイテクに頼る」と言うのは、正しい科学技術の使い方です。人間は便利に生きるために科学を発展させてきたのですから。
自分はふつうとは違うな、ふつうの人があたりまえにできることが難しくて苦しいなと感じる方、または、うちの子は少し、ふつうとは違うかもしれないとお悩みの保護者の方に。
「絶対の解決方法」はないけれど、救いのある物語です。
繊細な方へ(HSPのためのブックガイド)
おすすめです。
おそらくは識字障害であろう主人公の女の子の自己実現ストーリーです。
すべての識字障害にケイトの方法があてはまるわけではないことからでしょう、ケイトの症状については名前がついていません。しかしながら、かなり掘り下げてリアルに描かれています。
繊細で、それでいて力強いストーリーです。HSPやHSCのほうが多くのメッセージを受け取れるでしょう。
読後はケイトのママが作ったようなメルティング・モーメントでお茶を。
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