【オンボロやしきの人形たち】「小公女」「秘密の花園」のバーネットのゆかいなファンタジー、日本初上陸。【小学校低学年以上】
シンシアのお部屋には、古いお人形の家がありました。お屋敷も6人の人形たちも、古くなってぼろぼろでしたが、そんなことおかまいなしに、人形たちは毎日楽しく暮らしておりました。ところが、シンシアの部屋に、新しい「ピカピカ城」が、新しい人形たちと一緒にやってきたのです……
この本のイメージ ファンタジー☆☆☆☆☆ 人形☆☆☆☆☆ みんな幸せ☆☆☆☆☆
オンボロやしきの人形たち フランシス・ホジソン・バーネット/作 尾崎愛子/訳 平澤朋子/絵 徳間書店
<フランシス・ホジソン・バーネット>
1849~1924年。イギリス生まれのアメリカの小説家。物語が雑誌に掲載されたのをきっかけに作家活動をはじめる。作品に「小公女」「小公子」など。
<尾崎愛子>
東京生まれ。幼少期より数多くの児童文学に親しむ。東京大学教養学部イギリス科在学中に、シドニー大学に留学する。児童書出版社で編集者として勤めた後、東京大学大学院総合文化研究科にて学術修士号取得。大学院在学中から、児童書の翻訳家として活動を始める。訳書に「クレイジー・レディー! 」「プラネット・キッドでまってて」「ほとばしる夏」(以上、福音館書店)、「シリアからきたバレリーナ」(偕成社・2022年刊行予定)がある。
<平澤朋子>
1982年東京生まれ。武蔵野美術大学卒業後、フリーのイラストレーターとして活躍。 絵本の仕事に「巨人の花よめ」(BL出版)、「もうどう犬べぇべ」(ほるぷ出版)、挿絵の仕事に「緑の精にまた会う日」(徳間書店)、「名探偵カッレ」シリーズ(岩波書店)、「わたしちゃん」(小峰書店)、「しずかな魔女」(岩崎書店)など多数。
「小公女」などで知られる、フランシス・ホジソン・バーネット作のファンタジーです。原題はRacketty-Packetty House. アメリカでの初版は1906年。イギリスでの初版は1907年。日本での初版が2021年です。
日本で翻訳されているバーネットの小説は、「小公子」「小公女」「秘密の花園」で、どれもファンタジックな雰囲気はありながらも、ファンタジーではありませんでした。
このお話は、バーネットの書いた、正真正銘のファンタジーです。
お話は……
とあるお金持ちの女の子シンシアの部屋に、おばあちゃんから譲り受けた古い古い人形の家と人形たちがいました。
家も人形たちも、壁紙がはがれたり、折れたり、塗料がはげたりしてボロボロになってしまっていました。
ある日、シンシアの部屋に、新しい人形の家「ピカピカ城」とそこに暮らす人形たちが来たことから、古い人形の家は「オンボロ屋敷」と呼ばれ、部屋の隅へ追いやられてしまいます。
けれども、人形たちはそんなことはお構い無しに、毎日陽気に踊りながら、楽しく暮らしていました。
そんなある日、シンシアの乳母が、オンボロ屋敷を燃やしてしまおうと言い出しました。ボロいながらも楽しい家で暮らしていた人形には一大事です! 「オンボロ屋敷」はどうなってしまうのでしょうか……
……というのがあらすじ。
「小公女」では、主人公セーラの話し相手として、父の形見の人形が登場します。「おまえがしゃべれたら」と願いながら、セーラは人形に話しかけ、心の友としますが「小公女」は、ファンタジーではないので、人形はセーラに答えたりはしません。
「オンボロやしきの人形たち」は、「小公女」のあとに書かれた幼年向けのおとぎ話です。
しかし、根底に流れるものには共通点があって、「人や物の価値は目に見えるものだけでは決まらない」ことや、「どんなに苦しくても希望を捨てずにがんばる」こと、貧しくて辛い状況でも「幸せなお姫様のつもり」など「想像することで苦難を乗りえる」ことなどを、さらに一歩進めたお話になっています。
なにしろ、この人形たちが底抜けにポジティブ。
人形ファンタジーというと、人形が自力で動けないことがネックになって悲哀を帯びたお話になることが多いのですが、この物語の人形たちは、その常識を根底から覆してきます。
「オンボロ屋敷」の人形たちの状況は、冷静に考えると、かなり悲惨です。家はあちこち穴が明き、家具は壊れ、壁紙もはげています。
また、人形たちは、服が破けたり、穴が開いたり、足が折れたり、犬に舐められて引きずり回されたりして、散々な目に遭っている上に、仲良く暮らしていたきょうだいたちの何人かはゴミ箱に捨てられて行方不明、おばあさんがつけた立派な名前も、シンシアに変な名前に変えられてしまいます。
ところが、彼らは、それらをなんにも気にしない。自分たちを粗末に扱うシンシアや乳母たちに対して怒ったり、恨んだりもしない。
自分たちの足が折れようが、ドレスが破けようが、犬に舐められて顔の塗料がはげ、ヘンテコな顔を上から描かれようが、「これもまたいいよね!」「悪くないよね!」と、毎日を明るく、幸せに、輪になって踊りながら暮らしているのです。
ちょっぴり落ち込んだり、慌てたりすることもあるのですが、悩み事が一晩続かないのです。これが、本当にすごい。
「ピカピカ城」の人形たちの性格が、高慢でいけすかないところを見ると、「人形だから深くものを考えない」と言うわけでもないようです。
おそらく、最初の持ち主であるシンシアのおばあさまが、愛情深く明るい人柄だったのでしょう。
「オンボロ屋敷」の人形たちが、何が起きても良いほうに解釈して楽しく過ごす能力は、やがて「ピカピカ城」のパッツィー嬢の心も惹きつけます。
そして、シンシアの家に王女様が遊びにいらっしゃることで、思わぬ展開が起こるのでした……。
これは、自力で環境を変えることが出来ない人形たちが、「考え方」や、「かかわり方」でどんな状況も楽しんでしまい、それがやがて奇跡を呼び寄せると言うお話です。
それにしても、「オンボロやしき」の人形たちのポジティブパワーが強すぎて、人間のわたしが恥ずかしくなるくらい。あまりにもすごいものを見ると、ただただ敬意を抱くしかないという気持ちになりますが、まさにそれ。こんな風になれたら、素敵でしょうね。そりゃ、奇跡も起きますわ……。
また、このお話には、「キマグレ女王(Queen Crosspatch)」と呼ばれる妖精の女王様が登場します。この妖精の女王様と妖精たちが、要所要所で、人形たちを助けてくれるのでした。ところが、この人形たち、そんなことにはほとんど気がつかず、楽しく暮らしているんですけどね。
最終的に誰も不幸にならず、幸せに解決するので、読後感もさわやか。ほのぼのとした温かい気持ちになれます。
小さな子どもが読めば、わくわくと楽しめますし、大人が読めば楽しみながらも考えさせられます。理不尽や困難の多いこの時代に、人形たちの底抜けの明るさが癒しをくれるのです。
現実には明るく楽しくしていれば、なんでも解決する……わけではないけれど、「どんな環境でも楽しく過ごす」ことは、やっぱり幸せの秘訣。そして、そんな人たちには、奇跡がそっと力を貸してくれるのかもしれません。
「オンボロやしきの人形たち」は、「キマグレ女王」の物語シリーズの第一作でもあり、シリーズは全部で四作あるようです。これは、残りの翻訳も楽しみ。
字は程よい大きさで、絵本や短い物語を卒業して、少し長めのお話に挑戦する歳頃にぴったり。すべての漢字に振り仮名がふってある総ルビですから、小さいお子さまでも、五十音が読めればコツコツ読むことができます。もちろん、大人の和み本としてもおすすめ。
ちょっぴり疲れたときの心の栄養剤として、おうち時間にぜひどうぞ。
繊細な方へ(HSPのためのブックガイド)
ネガティブな要素はありません。「オンボロやしき」の人形たちが「これでもか」と言うくらいポジティブなので、圧倒されます。
「前向きになれ、前向きになれといわれても、いったいどうすればいいの」と悩んでしまうときに、おすすめのメルヘンファンタジーです。ここまでポジティブになれないまでも、人形たちの半分でもポジティブになれれば、かなり人生は楽しくなるでしょう。
「人生を楽しく生きるコツ」のようなものがたくさん詰まっています。
読後は、熱々の紅茶とビスケットでティータイムを。
最近のコメント