【銀のほのおの国】児童文学の名作。異世界に迷い込んだ兄妹の物語【小学校中学年以上】

2024年4月7日

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銀のほのおの国  神沢利子/作 堀内誠一/画 福音館書店

春休みのある日、たかしは壁にかけられていたトナカイの首の剥製に遊びで呪文をかけると、トナカイは動き出す。トナカイに引きずられて見知らぬ世界に迷い込んだたかしと妹のゆうこ。ふたりは、もとの世界に戻るために旅をすることになる……

この本のイメージ 異世界ファンタジー☆☆☆☆☆ 生きるとは☆☆☆☆☆ 食べるとは☆☆☆☆☆

銀のほのおの国  神沢利子/作 堀内誠一/画 福音館書店

<神沢利子>
1924年、福岡県にうまれ、北海道、樺太(サハリン)で幼少期をすごす。95年、それまでの作品、業績に対し、巌谷小波文芸賞、路傍の石文学賞、モービル児童文学賞を受賞する

<堀内誠一>
1932年、東京に生まれた。グラフィックデザイナー。カメラ雑誌やファッション雑誌の編集美術を手がけるかたわら、絵本・童話の世界でも活躍。その仕事は、写真家や編集者、絵本作家に多大な影響を与えた。1987年没

 児童文学界の名作「銀のほのおの国」のご紹介です。初版は1972年。新装版の初版は2003年です。
 非常に有名なお話ですが、はずかしながら未読でした。

 今回、一気に読みました。
 美しいタイトルと素朴な表紙の絵柄にだまされがちですが、かなり骨太のストーリーです。

 お話は……

 春休みのある日、子ども部屋に飾られていたトナカイの首の剥製に遊びで呪文をかけたたかし。ところが、その瞬間にトナカイが動き出し、たかしと妹のゆうこを見知らぬ世界へ引きずり込んでしまう。

 そのまま駆け去ってしまったトナカイ、はやてを探して、たかしとゆうこは旅をする。

 そこは青イヌと呼ばれるオオカミたちとトナカイたちが戦う世界。動物たちはみずからの生存をかけて戦いあう。
 その過酷な世界で、たかしとゆうこは離れ離れになり、やがてふたつの勢力にわかれて戦いあうことに……

 ……というのがあらすじ。

 作者の神沢利子先生は、樺太(サハリン)で幼少期をすごした戦争経験者です。
 戦争経験がある人の戦いのシーンは、共通するリアリティがあります。富野由悠季監督や宮崎駿監督の描くアニメーションでもそうなんですが、独特の「乾き」のようなものがあるのです。

 戦わなければ生き延びることが出来ない、食べることが出来ない。生きるか死ぬかの局面になるとすべては思い通りにならない、まともな人も正気を失っておかしくなってしまう……仲良しきょうだいの春休みの大冒険とはとうてい言えない、過酷な物語が展開します。

 動物たちが言葉を話し、人間となかよくする動物ファンタジーでは、たいていの場合肉食動物も草食動物も関係なく仲良く暮らすユートピア小説が多いものです。

 それは、多様性に満ちた人間社会の比喩であり、共存をテーマにした物語の表現手段としての「動物」だからです。

 ところが、この「銀のほのおの国」は違います。
 この物語には、トナカイやオオカミ、ウサギやリス、ムジナやビーバーなど、様々な動物が登場します。
 しかし、たかしとゆうこが立ち会うのは、動物たちの過酷な生存競争なのです。

 主人公たちと出会い、心を通わせた動物たちが突然に、あまりにも簡単に死んでしまうのでびっくりします。

 若い世代が書いた戦闘シーンとは違い、秩序だった戦いというものはありません。動物たちは戦い始めると理性を失い、冷静な判断力も失い、命を奪い合います。
 すべてが予定通りには行かなく、思わぬことの連続なうえに些細な禍根が簡単に大きくなります。

 しかし、実際に戦争と言うものはそうだったのでしょう。

 お肉屋さんも八百屋さんも減って、すべての食べ物がスーパーマーケットで売られるようになった現代、パックに入って売られている肉や魚の切り身の原型がどんなすがたなのか、子どもたちは直接見ることはできません。

 野菜もきれいに形の整ったものだけがお店に並び、どんなふうに育って手元に届くのか、教えられなければ知ることもできない時代になりました。

 しかし、何かの命を奪って生きているのは事実なのです。

 この物語は、どんな動物も他の命を奪って生きている事実と向き合わせてくれます。そして、その事実に対して心を閉ざしてしまうのではなく、他の生物の命をいただく「業」を背負い、向き合って食べるのだと伝えてくれます。

 「食べて生きる」ことは逆を言えば「食べるためでなければ殺さない」と言うことでもあります。食べる以上には奪わないことでもあります。無用な、ただ殺すための殺生はしないということです。それは、この物語を貫く、太いテーマです。

 十人いれば十通りの解釈ができ、十通りの感想があるだろう物語です。しかし、小さな子どもにとっては、読んだ瞬間に世界が自分のいる小さな部屋からぐぐっと外へと広がり、世界全体を見る目が変わる、ターニングポイントになる物語となりえます。

 この世には純粋な善悪など無く、誰かにとっての善が誰かにとっての悪で、誰かにとっての悪は誰かにとっての善だと。そして、生きて行くためにはどうしても他の生物の命を奪わないといけないのだと。

 子どもが読んでも、大人が読んでも、それぞれの感想があると思います。
 動物たちのすがたで描かれているけれど、きっと現実にもこんなことは頻繁にあったのだろうなと思える場面も多々あります。そんなことも大人が読むと感じ取れるでしょう。

 主人公たちの年齢や漢字の割合などを考えると、小学校中学年からですが、かなりボリュームがあるので物語を読みなれているお子さま向けです。小学校高学年なら大丈夫でしょう。
 「ナルニア国ものがたり」「プリデイン物語」など、異世界ファンタジーがお好きな方に。

 安易なメルヘンでごまかさない、真っ向勝負の本格ファンタジー。春休みの物語となっているので、この季節にぴったりです。

 たくさん時間があるときに、じっくりとお読みいただきたい名作です。

繊細な方へ(HSPのためのブックガイド)

 表紙のイメージとは違い、過酷なお話です。登場するキャラクターに感情移入してもわりと簡単に死にます。「そういう話なのだな」と前もってわかっていたら読める、と言う方にはおすすめです。
 非常に深いテーマに真正面から取り組んでおり、HSPHSCのほうが多くのメッセージを受け取れるでしょう。

 重いお話でもあり、読み始めたら一気に読むことになるので、たっぷり時間があり万全の体勢でお読みになることをおすすめします。名作です。

 

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