【カッコーの歌】「嘘の木」のフランシス・ハーディングがおくる、奇想天外・予測不能なダーク・ファンタジー!【中学生以上】
ある日、目覚めるとトリスにはおぼろげな記憶しかなかった。「あと七日」。不思議な声が聞こえる。自分を敵視する妹、止まらない食欲、不自然な態度の両親……この家には秘密がある。
この本のイメージ ダーク・ファンタジー☆☆☆☆☆ 予測不能☆☆☆☆☆ 命とは☆☆☆☆☆
カッコーの歌 フランシス・ハーディング/作 児玉敦子/訳 牧野千穂/装画 東京創元社
<フランシス・ハーディング>
英国ケント州生まれ。オックスフォード大学卒業後、2005年に発表したデビュー作Fly By Nightでブランフォード・ボウズ賞を受賞。2014年、Cuckoo Song(「カッコーの歌」)は、英国幻想文学大賞を受賞し、カーネギー賞の最終候補になった。そして2015年、七作目にあたるThe Lie Tree(「嘘の木」)でコスタ賞(旧ウィットブレッド賞)の児童文学部門、さらに同賞の全部門を通しての大賞に選ばれるという快挙を成し遂げ、米国のボストングローブ・ホーンブック賞も受賞、カーネギー賞の最終候補にもなった。
<児玉敦子>
東京都生まれ。国際基督教大学教養学部社会科学科卒。英米文学翻訳家。
「嘘の木」のフランシス・ハーディングのダーク・ファンタジー。原題はCuckoo Song.イギリスでの初版は2014年。日本での初版は2019年です。日本では「嘘の木」が最初に発表されていますが、本国では「カッコーの歌」のほうが前に発表された作品です。
お話は……
ある日、目が覚めると記憶を失っていたトリス。池に落ちて助けられたらしいのだが、すこしずつ思い出す記憶も曖昧だ。
「あと七日」。不思議な声が頭の中で響く。
なぜか自分を憎んでいるらしい妹、秘密を抱えている両親、止まらない食欲、なのに減り続ける体重……トリスは自分と家族の謎を解こうとする。
しかし、思わぬ事件の連続で、トリスは自分自身の恐ろしい秘密にたどりついてしまうのだ……。頭の中でカウントダウンが響くなか、トリスは自分の運命を越えられるのだろうか
……と、いうのがあらすじ。
「嘘の木」がとんでもなく面白かったので、「これは絶対に面白いはずだ」と謎の確信を持って手に取りました。
いや、今回も面白い。掛け値なしに面白い。
「自分が誰かが不確かでわからない主人公」の視点で語られるお話というのは、だんだんとその正体が明らかになってゆくところに醍醐味があるのですが、このお話は、それだけに留まらない。何度も何度も価値観がひっくり返り、善悪がひっくり返り、強者と弱者がひっくりかえる。まったく予測ができないのです。
この作品の面白さをどう表現したら良いのかな、と何度も頭をひねって考えたのですが、お話を少しでも説明してしまうと重大な部分のネタバレにつながってしまい、説明すらできないのですよ……。
ひとつ言えることは、これは純然たるファンタジーです。
ミステリーや冒険物語の要素はあるのですが、そもそものファンタジー設定がないと、お話自体が成立しない。ただ、そのファンタジー設定が、現実の様々な問題の比喩としても表現されているのが見事です。
わたしたち世代の日本の女子オタクは、幼い頃少女漫画に海外風のオカルトやダークファンタジーが大流行したこともあって、このような西洋のファンタジーにはたまらない魅力を感じます。
曽祢まさこ先生とか、美内すずえ先生とか、萩尾望都先生とか、わたなべまさこ先生とかね。だから、世代特有の謎の懐かしさもあるのです。
しかも、このお話、ラストがいいんです。
「冒険物語やファンタジーは好きだけど怖い話や哀しい話はダメ」というあなた、これはあなたにこそ、おすすめ。本当におすすめ。
フランシス・ハーディングは、昔の美内すずえ先生のダークファンタジーっぽい雰囲気があります。
冒険要素もアクションも、ちょっと怖い要素もあるけれど、怖すぎないし、哀しすぎないし、ラストはまとまっていて、読後感がさわやかなのです。それに女性キャラが強い。(このたとえで理解できる人、ピンポイントすぎるだろ……。でもこれを機会に昔の美内先生の作品を読む若者が増えたら良いなという思いもある)
冒頭から、力づくでぐいぐい引きこむジェットコースターのような展開ながら、心理描写は細密で繊細、中盤では「この設定で、この展開で、いったいどこへ着地させるんだろう……」と、ハラハラさせてくれ、終盤では予測も付かない方向へと転がります。
ちりばめられた伏線の回収も見事。
たいへんなボリュームがあり、振り仮名もほとんどない容赦ない本ですが、圧倒的な面白さなので自信をもっておすすめします。鈍器になるほどの分厚さで読み応えがあり、中盤以降はページをめくる手が止まらなくなります。(文庫版もあります)
主人公トリスとその妹ペンの年齢を考えると児童小説のはず。
しかし、漢字は多めで振り仮名はほとんどないため、本を読みなれたお子さま向けです。中学生以上なら読めると思いますが、小学校高学年でも読めそうならがんばって挑戦していただきたい面白さ。
命とは、時間とは、人生とは、生きるとは、と言う哲学的なテーマや問いかけも根底に流れています。
イギリスの女流ファンタジーは、緻密に計算された伏線がパズルのようにラストでまとまってゆく話が多い印象なのですが、やはりE.ネズビットの影響なのでしょうか。
E.ネズビット、ダイアナ・ウィン・ジョーンズ、J.K.ローリングなどが好きな方には、断然おすすめですよ!
繊細な方へ(HSPのためのブックガイド)
暴力・流血シーンは気をつけて書かれているのでほとんどありません。しかし、心理的には怖いと言う、サスペンス的要素がある物語です。
主人公トリスは、最初はおびえるだけでしたが、勇気を出しつづけて不可能にも思える壁を乗り越えます。
様々な比喩に満ちており、読んだ人ひとりひとりがその人だけの解釈ができる面白さを秘めています。
読後は、濃いミルクティーとバターたっぷり砂糖衣たっぷりのケーキでティータイムがしたくなります。
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