【竜退治の騎士になる方法】放課後の教室で竜退治? 教室からはじまる不思議ファンタジー【小学校高学年以上】
竜退治の騎士になる方法を知りたいかい? そのころ、ぼくは六年生だった。優樹とぼくは放課後の教室に忘れたプリントを取りにいき、そのときジェラルドに出会ったんだ。ぼくたちの運命を変える、「竜退治の騎士」に……
この本のイメージ どこまで現実?☆☆☆☆☆ 人生とは☆☆☆☆☆ 大人にもおすすめ☆☆☆☆☆
竜退治の騎士になる方法 岡田淳/作 絵 偕成社
<岡田淳>
日本の児童文学作家。著書『雨やどりはすべり台の下で』で産経児童出版文化賞を、『こそあどの森の物語』で野間児童文芸賞を受賞し国際アンデルセン賞の国際児童図書評議会(IBBY) オナーリストに選ばれた。翻訳家、挿絵・イラスト作家、エッセイストでもある。
岡田淳先生のロングセラー「竜退治の騎士になる方法」です。初版は2003年。たいへん短い短編なのですが、深いメッセージがいくつもひそんでいます。
岡田先生って、小学校の図工の先生をされていたらしいですね。小学校の先生、と聞いただけで尊敬しかないのですが、どうしたらあんなに大量の子どもたちといっぺんに付き合えるのでしょう。
図画工作の時間なんて、小さな子どもだと無法地帯になりませんか?
これは、そんな岡田先生が、授業中に子どもたちを見て、「伝えたい」と思った気持ちをもとに作品にしたのだそう。「誰かのために書かれた児童文学は名作」の法則です。
「竜退治の騎士になる方法」あらすじ
主人公、津村康男と、井口優樹は、生まれてから8歳までは家族同然の仲良しの幼馴染でしたが、康男が引っ越し、優樹の家庭環境が変化したことで、別れ別れになってしまいました。
六年生で久しぶりに同じクラスになったふたり。
でも、二人は昔とはずいぶん違ってしまっていました。教室の雰囲気はいつもトゲトゲしているし、優樹は将来に夢は無く、康男は夢は売るほどあるけれど、それに向かって何かをすることもない、そんな感じで毎日がすぎていました。
ところがある日、先生に「将来の夢を書きなさい」と渡されたプリントを取りに行こうと、放課後の教室に忍び込んだとき、不思議な男に出会うのです。
彼の名はジェラルド。竜退治の騎士だと言うのでした。
竜退治? 騎士? この関西弁のにいちゃんが?
小劇団の役者さんみたいな、この男は何者なのか?そして、本当に竜は退治できるのか?
……と、いうのがあらすじ。
最初は男の子と女の子の学園友情ものと思いきや、どんどんファンタジーの世界に入ってゆきます。と言うか、ファンタジーと現実が入り混じった、どこからどこまでが現実なのか、ファンタジーなのか、わからない不思議な世界です。
「竜」とは? 「竜退治の方法」とは?
「竜」と言うのは、人の心のトゲトゲしたところが集まったもの。それを、ジェラルドたちは退治しています。竜退治の騎士になりたいと言う康男たちに、ジェラルドは竜退治の騎士になる方法を教えてくれます。
それは……「トイレのスリッパをそろえること」。
トイレのスリッパを本気でそろえようと思うと、なかなか大変です。他人がはやし立てるかもしれないし、わざと散らかして脱ぐ人もいるかもしれない。そういうことに腹を立てず、とにかく毎日黙々とスリッパをそろえる。
そうすると、周囲が変わってくる。みんなが気をつけて脱ぐようになるし、散らかして脱ぐ人はどうしてそうするのかな、と人の心を考えられるようになる。
それが、だんだん「心のトゲ」を小さくしてゆくのだ、と言うジェラルド。
ふつうの人がばかにしているような、日常の些細なことの積み重ねが、大きなことを創ってゆくんだよとということだと思います。
よく、「成功する人は毎日トイレ掃除をしている」と言われますが、そう言うことかもしれませんね。自分のできる些細なことを積み重ねてゆく……
これねえ、大人のほうが感動すると思います。成長して、世の中の荒波にもまれて、いろいろと疲れ果てた大人だと、わりとすとんと来るのです。
子どもの心にひびくには
でも、「宗教みたい」とか、「自己啓発セミナーみたい」と言われてしまいそうなのも事実。なんでかというと、こういう事って「他人に言われてするのでは」効果半減だから。
大人がこの本を「いいことが書いてある本だから読みなさい。そして、毎日玄関の靴をそろえるといい」とか言って子どもに渡したら、この本の意味が変わってしまいます。
「騎士になりたいんでしょ! 靴をそろえて脱ぎなさい!」なんて言われたりしたら……どう考えても逆効果。
岡田先生の本は、学校の図書室で子どもたちに「発見」されたがっている気がするのです。「竜退治の騎士になる方法」「びりっかすの神様」「二分間の冒険」など、小さな子どもが「なんだろう?」と思うタイトルばかり。
「竜退治の騎士? どうすればなれるの?」と子どもが興味を持って手に取ればしめたもの。あとはどんどん読み進めてくれるでしょう。
だって、面白いから。
主人公の康男は、夢なら売るほどあるけれど、夢に向かって真面目に頑張ろうものなら、他人にからかわれたり邪魔されたりすることがわかりきっていて、やる気になれない男の子。本人は自覚していないけれど、教室の雰囲気のトゲトゲに慣れすぎて、心が麻痺しているのです。
対して優樹は、家庭の経済状態が厳しすぎて、夢を諦めてしまった女の子です。
優樹は竜退治のジェラルドにも「竜退治で、よめさんや子ども、食べさせていけるん?」と聞くくらい。(ここらへんで優樹の事情が透けて見えます)
けれど、優樹のほうがジェラルドを本物の竜退治の騎士だと信じてしまうくらい、本当は夢見る力がある子で、康男のほうが小劇団の役者さんだと思うくらい、リアリストなのです。
ここらの対比が本当に面白く、ああ、いっぱい子どもたちを見てきたんだなと感じます。子どもの性格が多重構造になっていて、けっして単純ではない。
最終的に、ジェラルドは竜を退治しますし、康男と優樹は、竜退治の騎士になるために歩み始めることになります。
つまり、日常の小さなことをがんばるのです。
「これだ」というものがあれば
今、この本に出会えてよかった、としみじみ思います。
この本が書いている「スリッパをそろえる」と言うのは、「幸せになりたかったらトイレのスリッパをそろえろ」的な、単純な「しあわせアドバイス」をしているのではないのです。じっさい、ジェラルドも「竜退治の道はいろいろある」と言っています。
自分にとって「これだ」と思う、小さなことを本気で続けてみろ、と言っているのです。
小さなことを続けていると、最初はとくに結果も出ないので「そんなことしてどうすんの」とか、「もっと効率的なことをしなよ」とか、「勇気を出して広い世界に飛び出そうよ」とか言われがちですよね。
毎日毎日、学校と玄関のスリッパをそろえ続ける子どもがいたら、どうでしょう。スリッパをそろえることはとてもいいことですが、わたしは、案外、大人からほめられないのじゃないかと思います。
たいていの場合「スリッパをそろえることはいいことだけど、スリッパばかり相手にしていないで、そんな時間があったら、もっとクラスメイトたちと向き合いなさい」とかなんとか言われるんじゃないでしょうか。
けれど、ジェラルドは、「本気でスリッパをそろえようと思ったら、スリッパを脱ぐ人の気持ちを考えるようになる」、と言います。
家でも、学校でも、とにかく他人の履物をそろえ続けたジェラルドは、やがて履物を整理することでだんだん他人の気持ちを理解できるようになったのです。それは「心のトゲ」の集合体である「竜」を退治するのに役立つことでした。
これ、まったくその通りだと思います。
一日中厨房から出ることが無いコックさんは、心の中でいつも食べてくれるお客さんのことを考えています。一日中工房から出ない家具職人さんは、家具を使ってくれる人のことを考えています。一日中仕事部屋から出ない設計士さんは、おうちに住んでくれる人たちのことを考えています。
人間に直接向き合っていない人が人間の気持ちを考えていないわけではないのです。「これだ」と言うことを本気でやっていれば。
今こそ「竜退治」の時代
この本が書かれたのは2003年です。
2003年といえば、わたしたちの運営するオンラインゲームがはじめて世に出た年です。
その頃は、ISDNだのADSLだのという時代で、「テレホーダイ」なんてありましたよ。(昔はインターネット回線が細くて、遅くて遅くて、11時以降は空いていたので回線使用料が安くなったのです)
その時代に比べたら、今は誰もがネットを使う時代、しかも、「巣ごもり」で外出することもままならない時代です。
いまこそ、「竜退治の騎士」精神が必要です。つまり、まさに今こそ、ネットごしの、顔が見えない相手の心を想像する必要がある時代なのです。
誰もが「竜退治の騎士」になるべき時代、そして誰もが「竜退治の騎士」になれる時代がやってきました。
令和の今、「竜退治の騎士になる方法」は子どもから大人まで、必読の書です。
短い話なので、すぐに読めてしまうのですが、難しい漢字にしか振り仮名が振っていないので、小学校高学年から(康男が小学六年生です)。けれど、かしこい子なら、中学年から読めるでしょう。読み聞かせもおすすめです。全編関西弁なので、お父さんお母さんの演技力が必要になりますが。
新時代のバイブルと言ってもいい名作です。子どもから大人までおすすめ。とくに働く大人に。
読むと背中を押され、竜退治の騎士になりたくなるのです。
もちろん、わたしもできることをコツコツがんばりすよ。昨日は早速、玄関の履物をそろえてきましたしね!
繊細な方へ(HSPのためのブックガイド)
ネガティブな要素はありません。HSPやHSCの方のほうが、多くのメッセージを受け取ると思います。「自己啓発セミナーみたい」と抵抗感を感じる方もいるかもしれませんが、これは、作者が生徒である小学生たちのために書いた本です。
できれば、この本には「出会って」ください。
このレビューを読んで興味を持っていただけたらうれしいけれど、もし、お子さまにプレゼントするなら、手渡しするのではなくて、そこらへんに無造作に放置してみてほしいのです。
宝探しのように「発見」できたら、きっと面白さが倍増するはず。
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