【アンの夢の家】赤毛のアンシリーズ五冊目。ギルバートと結婚したアンの物語【赤毛のアンシリーズ】【中学生以上】
ギルバートと結婚してブライス夫人となったアンは、海辺の町フォー・ウィンズにある、小さな夢の家に住むことになりました。それは、アンの理想の小さな家。古くて可愛らしくて、庭と森があって小川があって……アンの新生活が始まります。
この本のイメージ 新婚物語☆☆☆☆☆ 毒親問題☆☆☆☆☆ 万事ハッピーエンド☆☆☆☆☆
アンの夢の家 モンゴメリ/作 松本侑子/新訳 文春文庫
「赤毛のアン」シリーズ五冊目。今回も、解説が詳しい松本版で読みました。
原題はAnne’s House of Dreams. 初版は1917年。アンが25~27歳くらいのときのお話です。
アンはついにギルバートと結婚し、ブライス夫人となります。
ギルバートが見つけた海辺の街の小さな家に引っ越したアンの、若奥様としての新生活が始まりました。
アンは持ち前の明るさで、ご近所の人たちとの交流を深めてゆきますが、いちばんの近所、お隣のおうちの方とはなかなか知り合えずにいました。
この家の夫人、美貌のレスリー・ムーアが今回の物語のサブヒロインとなります。
「アンの夢の家」は、「赤毛のアン」シリーズのなかで、最もドラマチックな展開と言えます。
いつものアンシリーズは、だいたい、大きな流れのなかで、村におきる小さな事件をつなげた、日常の数々といった物語なのですが、「アンの夢の家」では、このレスリー・ムーアを中心としたお話の太い流れがアンの新婚生活や出産などのストーリーとともに物語の中心に流れているのです。
アンは孤児院で育った娘でしたが、レスリーも幼いころに家族を亡くしていました。
灯台守のジム船長がレスリーの生い立ちをアンに説明するさいの言葉が印象的です。アンは不幸せだったけれど、レスリーは悲劇だった。そして、ずっと悲劇なのだと言うのです。
不幸と悲劇はぜんぜん別のものだ、と言うモンゴメリの解釈には、自分自身さまざま腑に落ちた思いです。
たしかにそうです。アンは数々の不幸がありました。親がいなくて親戚をたらい回しにされたり、学校に通えなかったり、子守の激務できりきり舞いしたり。
しかし、レスリーを襲ってきた不幸せは、小さな弟が目の前で馬車に踏み潰される、父親が首を吊って死んでいるのを見てしまう、など、心に影を落とす「悲劇」なのです。
不幸せを明るく乗り越えられる人と、どうしても乗り越えられない人の差というか、壁みたいなものはなんなのだろう、と常々考えていたのですが、モンゴメリはそこで彼女なりの結論を出していたようです。
そして、また、このレスリーの母親と言うのが、たいへんな毒親なんですね。
アンとレスリーをみていると、「どんな親でもいないよりいたほうがまし」と言うのは嘘で、「毒になるような親ならいないほうがまし」と言うのが、しみじみわかるのです。
モンゴメリは牧師夫人だったので、作家の観察眼をもって様々な家の事情を見てきたのでしょう。このあたりは、彼女が確信を持って描いているのがわかります。
さて、レスリーの母がどんな毒親かと言うと、自分の家を手放したくないゆえに、娘を売るのです。
自宅の抵当権を持っていた家の息子が、美貌のレスリーに惚れてしまい、断ったら抵当を流すと脅したためです。
母親は、泣いたり気絶したりしてレスリーに懇願し、その結果、レスリーは大好きな母親を助けるために、好きでもないこの男と結婚してしまいます。
弟が死に、父が死に、たったひとりの母親だけがよすがの若いレスリーが、母親に泣いて頼まれたらどうして断れましょう。(しかも、レスリーはこの選択について「お母さんの役に立ててよかった」と思っている)
しかし、その母は一年後に死んでしまい、お金持ちの夫の家は没落し、夫は航海に出て行方不明になり、戻って来たときには大怪我の後遺症でふつうの生活ができなくなっていました。
ひどい夫でなくなったからましとは言え、ひとりで自分の世話ができない夫の面倒を見るのはたいへんなことです。
レスリーは、籠の鳥のようにずっと、彼女の守った家で夫の世話をして暮らしていました。
しかし、ギルバートとアンのブライス夫妻がレスリーとかかわることで、レスリーの人生に思わぬ奇跡が起きます。
さて、どうなるのかは、読んでみてのお楽しみ。
美貌のレスリーは登場した瞬間に、読者の心を捕らえます。
ぐんぐんと物語に引き込まれ、この可哀想な彼女はどうなるのだろう、どうしたら幸せになれるのだろう、とハラハラしながら読みすすめるのですが、あっと驚くどんでん返しが二度三度とあり、奇跡のようなハッピーエンドとなりました。
クライマックスでは「おおっ」と息を飲む、構成のみごとさ。
ゴシックホラーやミステリーの要素もあり、ラブストーリーもあり、「アンの夢の家」はアンシリーズの中で、最もゴージャスでドラマチックです。
しかも、レスリーは恋愛によって救われるのではなく、自分自身の力で人生を切り開くのでした。なんたって、アンシリーズは女性の自己実現の物語ですからね。
幼かったアンもマダムになって、彼女が直面する悩みや事件も複雑になってきました。
ボリュームもあり、難解な部分もあるので中学生から。大人も充分楽しめる少女小説です。
文章の美しさは村岡花子版にまさるものはありませんが(ファンの贔屓目)、松本版は全文完訳なだけでなく、時代考証などの解説が詳しく、アンワールドをより掘り下げて知ることが出来ます。それに、全体的なニュアンスを村岡版に寄せてきてくれているのもうれしい。
読み終えたあと、かなりの達成感が味わえる物語です。
週末に、たっぷり時間をとって、リラックスしてお楽しみください。
繊細な方へ(HSPのためのブックガイド)
HSPにおすすめの、繊細な少女小説です。残酷シーンや流血シーンはありませんが、心をゆさぶるシーンはたくさんあるので、ゆっくり時間を取ってお読みください。
作中のチェリーパイがとてもおいしそうなので、読後はチェリーパイでティータイムを。
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