【帰命寺横丁の夏】あの夏、君と出会った奇妙な物語。【小学校中学年以上】
祈ると生き返るらしい「帰命寺様」の伝説は本当なのか? もし、本当に生き返るとしたら、その運命はどうなるの? あの世から戻って来た不思議な女の子と、その秘密を知ってしまった少年の、奇妙なひと夏の物語……
この本のイメージ 怖くないオカルト☆☆☆☆☆ 生きるとは☆☆☆☆☆ 自由とは☆☆☆☆☆
帰命寺横丁の夏 柏葉幸子/作 佐竹美保/絵 講談社
<柏葉幸子>
日本の児童文学作家。岩手県宮古市生まれ、花巻市出身、盛岡市在住。東北薬科大学(現:東北医科薬科大学)卒業。本業は薬剤師。
大学在学中の1974年、「気ちがい通りのリナ」が第15回講談社児童文学新人賞に入選しデビューする。翌年「霧のむこうのふしぎな町」と改題し刊行。
<佐竹美保>
1957年、富山県生まれ。ファンタジーや児童書の分野で多くの装画・挿絵を手がける
2011年8月初版です。 2011年と言えば、3月に東日本大震災があった年です。
柏葉先生は岩手の方で、「岬のマヨイガ」では東日本大震災の場面にも真正面から取り組んでいらっしゃいますが、このお話も、「命」や「生きる」ことについてど直球でメッセージを投げかけています。
お話は……
カズこと佐田和弘は小学五年生。ある夜、自分の家から見知らぬ少女が出て行ったのを目撃してしまう。
その後、彼女「信夫あかり」と学校で再会する。しかし、奇妙なことにクラスメイトは全員彼女を知っており、昔からの幼馴染だと言うのだ。
自分だけが「あかり」のことを知らない?
学校のたてわり学級の日、地元の古地図を見ていたカズは、自分の家のあたりがかつて「帰命寺横丁」と呼ばれていたことを知る。
みんなが知っていて、自分だけが知らない少女、あかり。彼女は「帰命寺」の秘密と何か関係がありそうなのだが……
……と、いうのがあらすじ。
あの年、この国の人はみな、「生きる」と言うことについて一度は真剣に考えたのではないでしょうか。
わたしは、震災の年の五月に体調不良で倒れまして、しばらく寝たり起きたりの時期がありました。体調が復調してからも、しばらく「本が読めない」と言う謎の状態になり、苦しんだ覚えがあります。
メールやインターネットの短い文章などは読めるのですが、小説が読めないのです。
それまでは、忙しく、自分の時間が取れなかったので、「いつでも読める」と大好きな読書は後回しにしてきました。
ところが、いざ体調を損ねて本でも読もうと思ったら、読めないのです。わたしはやりたいことを後回しにしてきたことを心底悔やみました。
それで、絵本から「読む練習」を始めて、だんだんと長い読み物へと移行し、やがて読めるようになりました。若い頃に比べると本を読むスピードはずいぶん遅くなってしまいましたが。
しかし、そのおかげで絵本や児童文学の魅力に気づけたのはありがたい体験です。
その頃の「恩返し」もかねて、児童書のブログをはじめました。
これから読む子どもたちのためだけでなく、「大人のための児童書読書」と言う新しい趣味も提案したいという想いです。
児童文学って、子ども心で読む感動もあるけれど、大人になってから読むとまた新たな発見があるのです。
この「帰命寺横丁の夏」も、小学生が読めば、学校の「自由研究」や「調べ学習」を小説を読みながら疑似体験でき、知らないことを自分で調べるわくわく感を体験できるでしょう。
インターネットで検索すると、たいていのことがわかる昨今ですが、玉石混交の情報のなかから信頼性の高い情報を取捨選択する能力が問われます。
それに対して、足を使って実際に人に会いに行き、直接話を聞くと、インターネットでは知りえなかった「生の声」を聞いて、貴重なお話を教えてらえることもあります。ただし、「生の記憶」や「生の声」には、曖昧なところも多く、思い違いや記憶違いが往々にしてあると言う欠点もあります。
そのどちらも、自分自身で「わからないことを調べる」ことをやってみないとわからないことです。
カズは、「自由研究」の名目で、様々な人を訪ねてゆき、知らないことを知り、生まれてはじめて「困っている身近な人を助けたい」と言う強い気持ちを抱くようになります。
大人が読むと、まったく違う側面が見えてきます。あの東日本大震災のときのように、ある日突然大切な人が失われたらどうするのか、その人にどんな形でも生き返ってらいたいと思うのか、または、自分は生き返りたいと思うか、など「命」に対する問いかけが胸に飛び込んできます。
生きているうちにやりたいことは?
わたしにとっては、それが「読書」です。
数年前までは、「ハリー・ポッター」を読むのが夢でした。あんなに大人気だったのに、自分の人生でいちばん忙しい時期と重なっていたため、リアルタイムでは読めなかったのです。最近になってようやく読めました。
ダイアナ・ウィン・ジョーンズも読んだし、氷室冴子も今、読んでいます。それから、漫画「ワンピース」もちゃんと最終回まで追いかけたいし、やりたいことはたくさんあります。
季節感なく忙しかった時期が長かったので、桜や紫陽花を楽しんだり、暑い夏にアイスクリーム、かき氷、花火、秋の紅葉狩りやハロウィンなんかも楽しみたい、と、このところは季節のイベントは全部やっています。
わたしの「1番忙しい頃」のことをご存知の方にはご理解いただけると思いますが、自分のパソコンから歩いて15分以上の場所へ行けなかった頃があるのですよ。その当時は電車に乗って遠くへ行くことができませんでした。
当時の仕事で動かしていたサーバーが落ちたら、15分以内に対応しなければならなかったからです。昔はポータブル回線もなかったし、携帯電話はガラケーで、まだスマートフォンは存在しませんでしたからねえ……。
その当時に不慮の事故で死んでいたら、もしかしたら「思いっきり昼寝をしたい」とか「電車に乗って遠くの喫茶店でのんびりしたい」とか、思い残すことがたくさんあったと思います。
震災後、体調を崩してからは思い切り寝たし、好きなだけお散歩もしたし、できなかった読書もできるようになったので、今はコツコツとやりたかったことをしています。
この物語「帰命寺横丁の夏」のヒロインの女の子は、当時の少女漫画雑誌で連載していた「絵物語」の続きを読めなかったことが心残りでした。そして、それはその続きを書けなかった人の心残りでもあって……
この作品は、アメリカで翻訳された児童書の中で、傑出した作品に贈られるバチェルダー賞の大賞を、2022年1月に受賞しました。
「帰命寺横丁の夏」は「何が正しいか」より「何をしたいか」を優先している物語です。
伝統的な「どうあるべきか」に逆らっていても、誰にも迷惑がかかっていないならば「何をしたいか」を優先していいじゃないか、と言う挑戦的なテーマです。
キリスト教的な価値観で言えば、死者がよみがえることは許されません。伝統的なファンタジーでは死者を生き返らせるのは悪人だし、生き返った死者は不幸だし、たいていはどちらも破滅します。
そのようなファンタジーでは主人公は死人を生き返らせようとする人たちを正し、悪事を暴き成敗する側です。
この物語は、西洋的価値観での常識を何度もひっくりかえしているので、おそらく海外の方が読むと、かなりの衝撃だったのではと思います。
しかし、日本には「お盆には死んだ人が帰ってくる」という信仰があり、生の世界と死の世界の境界が曖昧で、生と死は常に隣り合わせです。そのうえ、「死者」が「悪」だと言う認識がありません。(むしろ、死んだ人は仏になるので、みんな良い人)
この価値観のギャップは、海外の方には新鮮だったのかもしれません。
とは言え、そんなことを抜きにしてもこの展開とラストは、いい意味での意外性があります。なんといっても、心躍る謎解き物語の中に、しみじみと心があたたまる人情味があります。
カズ君のあかりちゃんへの想いが、恋と言うより人情に近いところがまた良いのです。その、ちょっと古風な気持ちが、里さんたち上の世代の人たちの心も動かします。
読んだあと、様々なことを考えさせてくれる良質の児童文学です。2011年以降、日本は天変地異や感染症など災害が多いので、どんな人も一度は「生と死」について、自分の人生について、考えたことがあるはず。
そんな日本人の言葉にならないさみしさややるせなさに、すとんと入ってきてくれ、そして、清らかな気持ちにさせてくれる物語です。どんな人生でも、自分がやり残したと思ったこと、やりたいと思ったことをすればいいのです。
文章は読みやすく、すべての漢字に振り仮名が振ってある「総ルビ」です。ボリュームはありますが、面白いので最後までどんどん読み進めてしまいます。振り仮名が手厚いので、賢い子なら小学校中学年からでも大丈夫。
「死」や「命」について考え始めたお子さまにおすすめです。
繊細な方へ(HSPのためのブックガイド)
「命」をテーマに扱っていますが、驚くほどネガティブ要素がありません。むしろ、天変地異や災害のニュースや身近の方の死で苦しんでいるHSP,HSCの方がたにおすすめです。
夏に読むのがぴったりの本です。読後はカップやきそばが食べたくなるかも。
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