【魔法の指輪】魔法の指輪をめぐる、魔女と少女の大冒険【ルイスと不思議の時計 3】【小学校中学年以上】
夏休み中、ルイスはボーイ・スカウトの合宿に行ってしまいました。置いていかれたローズ・リタはかんかんです。そんな彼女を、ツィマーマン夫人が農場への旅行に誘ってくれました。そこには、親戚が遺した不思議な指輪があると言うのですが……
この本のイメージ 女の子の冒険☆☆☆☆☆ 女の子の悩み☆☆☆☆☆ 成長☆☆☆☆☆
魔法の指輪 ルイスと不思議の時計 3 ジョン・べレアーズ/作 三辺律子/訳 静山社ペガサス文庫
<ジョン・べレアーズ>
ジョン・ベレアーズ(John Anthony Bellairs、1938年1月17日 – 1991年3月8日)は、アメリカの小説家。児童向けのファンタジー小説を得意とした。代表作として『霜のなかの顔』、「ルイスと不思議の時計」シリーズ、「ジョニー・ディクソン」シリーズなど。
「ルイスと不思議の時計」シリーズ3巻目、今回は、ルイスはほとんど登場しません。主人公はルイスの親友ローズ・リタと、ルイスのお隣に暮らす魔女ツィマーマン夫人です。
待ちに待った夏休みでしたが、ルイスが自分を置いて夏中ボーイ・スカウトのキャンプに行ってしまうというので、ローズ・リタはかんかんに怒っていました。
そんなローズ・リタをツィマーマン夫人がバカンス旅行に誘ってくれます。
ツィマーマン夫人の親戚、オレーが死に、他に親戚もいなかったので、彼の農場と持ち物はツィマーマン夫人のものになりました。生前、彼は不思議な指輪を手に入れており、その指輪も彼女に遺されたというのです。
その不思議な指輪を見に、一緒に農場に行かない? と誘われたローズ・リタ。
二人は、楽しく旅立ちますが、たいしたことのない指輪だと思っていたものが、意外にもほんものの魔法の指輪だったらしく、二人はとんでもないトラブルに巻き込まれてしまうのです。
見えない敵に襲われる二人、そして、ついにツィマーマン夫人まで行方不明になってしまい、たった一人でこの大問題と戦わなければならなくなったローズ・リタ。はたして彼女は、ツィマーマン夫人を救い出せるのでしょうか。
と、言うのが今回のあらすじ。
今回は、たいへんテーマがわかりやすく、登場人物はほぼ全員女性と女の子です。主人公はローズ・リタとツィマーマン夫人、彼女たちが旅先で知り合う敵も味方もほぼ女の子と女性です。
一箇所、ローズ・リタが知らない街で男の子たちと一緒に遊ぶシーンで少年が出てくるくらいです。
このシリーズ、以前から「70年代の小説にしては新しすぎるな」と感じていたのですが、今回はうなりました。初版は1976年。物語上の時代はもっと昔だとされています。けれど、少女に大人気のベストセラーとしてなんの説明もなく「ナンシー・ドルー」が登場します。アメリカでは日本で言う「コナンくん」くらい有名なんでしょうね。
今回のお話は、個人的にはかなり深いところに響くテーマでした。
ローズ・リタは野球が大好き。運動神経抜群で、しかも頭の回転も早い、おてんばな女の子です。いつも近所の男の子たちと一緒に野球をしていて、そうじゃないときはルイスと船の模型を作ったりして遊んでいました。
でも、ローズ・リタも来年から中学生になります。「もうそんなことをしている歳ではない」と周囲から言われるようになりました。
ルイスがボーイ・スカウトのキャンプに行くのは、ローズ・リタにかっこいい自分を見せるためだとツィマーマン夫人に教えられた彼女は驚きます。それが悪いことではないけれど、それによって自分も変わらないといけないのだろうか、とプレッシャーを感じてしまったのです。
ローズ・リタは、ほんとうならずっと男の子たちと一緒に野球をやりたいし、冒険ごっこをしたりして遊びたいと思っていました。けれど、中学生になったら、女の子らしい服を着て、パーティに行って、デートをしないといけないのだろうか、そうしないといけないのだろうか、と考えると泣くほどつらいのです。
ツィマーマン夫人との旅の途中で、ローズ・リタは知らない街の男の子たちと野球で遊ぶ場面があります。彼女は投げれば三振をとりまくり、打てば逆転ホームラン。負かされた相手チームのガキ大将は怒って「野球クイズ」での勝負を持ちかけますが、ローズ・リタはそれも勝ってしまいます。
けれど、腹たち紛れに少年が言った「へんな女」と言う罵倒に傷ついてしまうのです。
(この「へんな女」って、原語はなんだったのでしょう。「ふつうでない」とか「異常」などのニュアンスがあったのでしょうか。)
ここらへんの描写がすごくうまい。ほんとうに作者、男性だったのかしら。この「ルイスと不思議の時計」シリーズは、作者のジョン・べレアーズはこの巻までで亡くなっており、この後は別の方が引き継いで書かれたらしいので、この独特の持ち味は、もしかしたら失われてしまっているかもしれません。
ローズ・リタの傷ついた心や、ツィマーマン夫人が倒れ、なんとかできるのは自分しかいないと覚悟したときのがんばり、少年のような強すぎる使命感など、彼女の心のひだが丁寧に描かれています。
中学生になったら自分は「違う生き物」にならなければいけないのかもしれない。もう野球はできなくなって、ジーンズじゃなくてドレスを着て、お化粧をして、男の子とは冒険じゃなくデートをしなければならなくなるのかも。
同級生たちは、みんなその時をわくわくして楽しみにしているのに、ローズ・リタは自分の大切にしている大好きなものすべてが破壊される「終わりの日」を宣告されたように、追い詰められていたのです。
わたしは、ローズ・リタのようにスポーツ万能ではないし、同年代のすべての男の子を打ち負かせるようなかしこい子ではなかったし、そして、ローズ・リタと違ってスカートやかわいい服も好きですけど、けれども、彼女のこの気持ちはほんとうによくわかります。
いまでこそ、女の子も堂々と「少年ジャンプ」を小脇に抱えて街を歩くこともできますが、昔はそんなことはできない時代でした。男の子の色は青、女の子の色は赤。男の子は少年漫画、女の子は少女漫画。男の子は冒険、女の子は恋愛。
男の子の桃太郎はお供を連れて鬼退治に行き、金銀財宝を持って帰れるのに、女の子の瓜子姫は一生おうちから外に出られず、扉を開けたら天邪鬼にだまされて死んでしまう。
現実でも、昔は女の子はちょっと変わったことをすると、大人たちから「そんなことでは男の子に好かれませんよ」と、お叱りをいただいてしまったものでした。もちろん、相手は善意です。
女の子にとって、これ以上嫌な叱り言葉はないんじゃないでしょうか。「相手を不快にしないよう、思いやりをもちなさい」とか、「身だしなみに気をつけなさい」とか、「礼儀正しくしなさい」とかは、わかります。
でも、「そんなことでは男の人に好かれませんよ。人生苦労しますよ」は、嫌と言うより、もはやつらかったですね。
ローズ・リタのあどけない冒険心と追い詰められた感受性の入り混じった必死さに胸をつかまれます。
追い詰められているから、「こんなかしこい子がどうしてこんなばかなことを」、みたいな失敗もしてしまう。だって、男の子は勇気を出して冒険することを歓迎されるけれど、女の子は許されないのですから。
詳しくはお読みいただきたいのですが、ローズ・リタは数々の困難を、見事に自力で乗り越えます。
そして、ツィマーマン夫人がずっと前から、彼女の前をひとりで歩いていたことを知るのです。
「人生の大先輩」ツィマーマン夫人が、ローズ・リタの抱いていた悩みを軽やかに乗り越えて自分らしく生きているのを知り、彼女は目を見張ります。ツィマーマン夫人は、自身が大きな力を得ても失っても、自分自身を見失わず自らの道を生きてゆける強い女性でした。
男の子が読むと「ふーん」で終わってしまう物語でしょうが、ファンタジー大好き冒険小説大好きな女の子の気持ちには、100%寄り添う物語です。冒険好きの女の子の心があるなら、小さなお子様から大人まで、全年齢におすすめ。
この巻を読むためにシリーズ1巻から読んでも損ではありません。
70年代の女の子の大冒険を、どうぞご一緒ください。
繊細な方へ(HSPのためのブックガイド)
怖いシーンはありますが、気をつけて書かれているので流血や暴力のシーンはほとんどありません。むしろ、HSPやHSCの女性におすすめです。
ツィマーマン夫人のチョコチップクッキーがとてもおいしそうなので、読後は温かい紅茶とチョコチップクッキーでティータイムを。
※単行本版のほうが装丁がしっかりしていておすすめなのですが、文庫版のほうが入手しやすいようです。
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